あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。
「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。
また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届します。
また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。
お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。
本日は「八代城」(熊本県八代市)です。「続日本100名城」に選定されています。
城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください
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城内の「城郭建造物」は、「北の丸」に三代城主「松井直之」が生母「崇芳院尼(すうほういんに)」のために1688年に創建した茶庭「松浜軒(しょうひんけん)」が建っています。それ以外では、城内の寺院に「城門」が移築されているモノがあります。
茶庭「松浜軒(しょうひんけん)」 ↓
「天守台」 ↓
「その他の城郭建造物」では、遺構の殆どが「天守台」等の石垣で、「城壁」等の「土塀」は見ることが出来ません。
前述の「北の丸」に建つ「松浜軒」の周囲を取巻く「下見板張り」の「土塀」は建ちます。
「松浜軒」の周囲を取巻く「土塀」 ↓
また「頬当御門」の桝形前の「内堀」には、「欄干橋」が架かります。元々は「木橋」でしたが現在は「石橋」で、「擬宝珠」には「元和八年癸亥二月吉日」と刻まれた跡が残ります。
「頬当御門」の桝形前の「欄干橋」 ↓
「欄干橋」(「二の丸」跡方向) ↓
「擬宝珠」に「元和八年癸亥二月吉日」と刻まれた跡 ↓
「廊下橋」も「内堀」に架かっていて、「本丸」と「北の丸」を繋ぎ嘗ては屋根と壁を伴う「廊下橋」でしたが、現在はコンクリート橋になっています。
「廊下橋」と「本丸搦手口(廊下橋門跡)」 ↓
「廊下橋」と「本丸搦手口(廊下橋門跡)」 ↓
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