あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。
「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。
また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。
また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。
お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。
本日は「福井城」(福井県福井市)です。「続日本100名城」に選定されています。
城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください
↓
城内に建つ「城郭建造物」は、復元「山里口御門」、復元「舎人門」があります。また2029年の完成を目指して「坤櫓」の復元プロジェクトが立ち上がっています。
復元「舎人門」 ↓
「坤櫓」プロジェクトが立ち上がっています(福井県ホームページよりお借りしました) ↓
本丸復元絵図(現地に掲出、赤丸は下記の土塀、橋の位置) ↓
復元「山里口御門」は、「棟門」と「渡櫓門」で形成された「桝形門」ですので、桝形を囲う復元「土塀」が見られます。
「土塀」の上部は「白漆喰」ですが下部は「笏谷石(しゃくだにいし)」の板を貼る珍しい形式になり、そこに「狭間」が施されています。
復元「山里口御門」の枡形を囲う復元「土塀」 ↓
復元「山里口御門」の枡形を囲う復元「土塀」(下の白い部分が「笏谷石」)と通路部の「土塀」(赤瓦) ↓
更に、「棟門」を出て「廊下橋」に至る通路部分にも復元「土塀」が建ち、瓦は「赤瓦」を使用し、壁には「狭間」が並びます。
「廊下橋」に至る通路部分に建つ復元「土塀」(赤瓦) ↓
更にその先には「内堀」を渡り「御座所」が建っていた「二の丸」から藩主が登城する際に使用していた復元「御廊下橋」が架かります。2008年に完成しています。
橋の長さは8間(14.5m)、幅2間(3.6m)、上屋はヒノキ材で造り上部は「白漆喰」下部は「下見板り」となっていて、内壁には「腰板」を貼っています。
復元「御廊下橋」(奥に見えるのが「山里口御門」) ↓
復元「御廊下橋」 ↓
復元「御廊下橋」(奥に見えるのが「山里口御門」と赤瓦の「土塀」) ↓
その他、「二の丸」跡南側からは「本丸」正門である「瓦御門」跡に渡る「御本城橋」が架かります。
当時は「太鼓橋」風の「木橋」のようでしたが、現在架かる橋は、「石造り」で高欄を設け擬宝珠を付けていますが車が行き来できる道路端になっています。
本丸「瓦御門」跡に渡る「御本城橋」(右が「本丸」跡) ↓
本丸「瓦御門」跡に渡る「御本城橋」(左が「本丸」跡) ↓
本丸「瓦御門」跡に渡る「御本城橋」(「擬宝珠」が付くが現在は「道路橋」) ↓
本丸「瓦御門」跡に渡る「御本城橋」(「擬宝珠」が付くが現在は「道路橋」) ↓
当時の「御本城橋」(現地に掲出) ↓
更に、「本丸」跡北東の「北不明門」跡を通り抜けて、「二の丸」跡北側に渡る「北不明門橋?」が架かります。
「北不明門橋?」(「本丸」跡方向) ↓
「ポチ」をどうぞよろしくお願いいたします。
「フォロー」の方もどうかよろしくお願いいたします。
もしよろしければこちらにも「ポチ」をお願いいたします。

















