先日まで見てきた「城門」(櫓門も含む)には、門からの出入りを監視する「番所」を併設しているモノも見られましたが、お城や陣屋を構成する「城郭建造物」には、独立して建てられた「番所」というモノもあります。
今回のシリーズでは、各お城にある「番所」(全国「番所」を巡るシリーズ)を紹介しています。お城内外への人の出入りや、各曲輪間や建物間の出入りを監視、管理する「番所」も重要な役割を担う「城郭建造物」です。
「番所」には、そこに詰める武士や中間(今でいうガードマン)が滞在できる単独の建物もあれば、前述のように「城門(櫓門)」に併設した部屋になっているモノもあります。
このシリーズでは、単独の「番所」建物を中心に、既に紹介はしていますが「城門(櫓門)」に併設されている「番所」も含めて、現存、復元、復興、模擬のモノをできる限り紹介していきたいと思います。
今回は、「秋月陣屋」(福岡県朝倉市秋月野島)の「番所」をお届けします。
1203年に「秋月種雄」が築いた「古処山(こしょざん)城」の山麓にあった「秋月氏」の居館跡を利用して1624年に「黒田長興」(黒田長政と栄姫の次男)によって陣屋が築かれました。築城の際には、「古処山城」の廃材等も利用して建てられたそうです。
5万石を「福岡藩」から分与されて立藩した「秋月藩」の「長興」以降、幕末・維新まで代々「黒田家」が統治しました。
「秋月陣屋」の立地と縄張りですが、一本筋に掘られた堀と石垣を築き「二重櫓」や「平櫓」を5基も建ち並んでいました。
二つ目の櫓と三つ目の櫓の間には、瓦を並べた「瓦坂」があり枡形構造で右に折れて「表御門」で城内に入るようになっていました。更に五つ目の「櫓」手前にも土橋があって「裏門」に繋がっていました。
城内は、上段と下段に分かれていて、北側の低い下段には「表御殿」が、南側の段の高い所には藩主の休息場や奥方の部屋等の「奥御殿」が建っていて、「御鈴廊下」によって繋がっていました。
縄張り図(赤丸は下記「番所」が付随する裏門の位置) ↓
現在「内馬場裏御門」が現存していますが、長屋門なので門扉両脇には「番所」のスペースや「中間部屋」が設けられているようです。
現存「内馬場裏御門」右側の竪格子窓の所が「番所」スペースか? ↓
現存「内馬場裏御門」 ↓
現存「内馬場裏御門」裏側 ↓
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