本日(10/4)は、「尼崎市立歴史博物館」で用事を済ませた後、2階の常設展示室で「尼崎城」についての資料展示があると聞いたので行ってみることにしました。

 

部屋の中央には「尼崎城」の当時の本丸の姿が模型で蘇っていて、興味深々で東西南北方向からジックリと眺めることができました。

 

「尼崎城本丸」模型(南側から) ↓

「尼崎城本丸」CG(南側から) ↓

「尼崎城本丸」模型(東側上から) ↓

「尼崎城本丸」模型(西側から) ↓

「尼崎城本丸」模型(北西側から) ↓

北東から見た絵 ↓

 

部屋の壁には、「本丸御殿」を始め周囲の「天守」や「櫓」の位置と説明書きがされている大きな「平面図」が掲出されていたので、模型の中においてどこでどのような役割が果たされていたのかが良く判りました。

 

「本丸御殿」平面図 ↓

 

「玄関から式台」、「各種儀式を行う大書院のエリア」、「政治・行政を行う藩士達が詰めるエリア」、「藩主が執務を執る居間と藩主が生活をするエリア」そして「来客時の対応を行ったり藩主が休養を取る為のエリア」等の位置関係も良く判り、後者3エリアの中間に「望楼」が建っていたのは初めて知りました。

 

「本丸御殿」平面図 ↓

 

「本丸」には、「天守」が北東隅に、あとの3隅の北西隅に「塩噌櫓」、南西隅に「伏見櫓」、南東隅に「武具櫓」の各三重櫓が立ち並んでいて、南には「太鼓門」、東には「虎之門」、西には「搦手門」という桝形門が構えていました。

 

「大坂夏の陣」が終わり、「大坂城」を拠点として西国支配を強化するために、1617年に幕府が「戸田氏鉄」に築城させたお城でしたが、5万石の城主としては、三重櫓が三基(二の丸にも一基あったので計四基)、枡形門が三箇所もあるかなり立派な城郭であったことが解ります。

 

更に、「尼崎城」域は東西に長く、特に西側からの攻撃を意識した配置、例えば北西には「寺町」を配備したり、西側一帯は「屋敷地」にしているのが良く判る地図もありました。

 

「尼崎城」城下町成立図 ↓

「尼崎城下風景図」 ↓

藩主「松平氏」の鎧兜(復元) ↓

「戸田氏」の家紋が付く「鬼瓦」 ↓

 

藩領は、現在の尼崎市内だけでなく、市の北側から神戸市内までも領していた地図も掲出されていました。

 

「尼崎市」は、近代に入り急速に近代化が進められ「阪神工業地帯」というベルト地帯になったことから、城下町が失われその風情も感じられなくなったことは非常に残念なことだと思います。

 

最近になって、「西三の丸」跡に「天守」が再建され、「尼崎市立歴史博物館」の北側には発掘調査で出てきたお城の石垣の石を並べたり、お城の模型を始め「尼崎城」関連の資料が多くの人の目に触れるようになったことで、今後は、城下町「尼崎」が再び脚光を浴びることを期待したいと思います。

 

「本丸」の位置と現在「天守」が建つ「西三之丸」の位置 ↓

 

博物館を後にして、「西三の丸」跡に再建された「天守」を南からだけですが眺めました。本当に美しい「天守」ですので、思わず方向を替えて沢山の写真を撮りましたので掲載いたします。

 

真南から ↓

やや南東から ↓

南東から ↓

南東から ↓

 

 

 

 

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