全国の城郭建造物「御殿(居館)シリーズ」をお届けしています。
「御殿」については、「はじめに」の中で、軽く触れましたのでどうぞご覧ください。
全国「御殿」を巡る”はじめに” ↓
今回は、「飫肥(おび)城」の「大手門」を出て直ぐの所に建つ現存の「豫章館(よしょうかん)」です。
■「飫肥(おび)城」(宮崎県日南市)
お城の歴史と城主について、もう一度振り返りますと、戦国時代に、日向国飫肥の地を領していた「伊東家」は、「島津義久」に領地を奪われましたが、九州遠征時の「豊臣秀吉」に助けを求めて旧領を回復しました。
「関ケ原の合戦」では、領地を奪われて恨みもあった「島津家」に対抗する為に東軍につきましたので、戦後は本領を安堵され5万1千石の居城として幕末・維新まで「伊東家」が統治します。
14代最後の「飫肥藩」藩主の「伊東祐帰」が1869年に知藩事に任命されて移り住んだ所です。
「飫肥城」内の「豫章館(よしょうかん)」と呼ばれる邸は、伊東家一門の「伊東主水」の邸でしたが、1869年に知藩事となった「伊東祐帰」はここへ移り住みました。1869年は、まだ廃藩置県前ですので、今回採り上げました。
邸入口は「薬医門」で塀は「源氏塀(※)」という塀らしく、「主玄関」と「脇玄関」がある「玄関」を入ると、奥には6部屋ある「主屋」がL字型に配されています。
(※)本来「源氏塀」とは、腰長押(こしなげし)の下が板張り、上部は空いていて木の襷(たすき)を入れ、瓦葺き又は板葺きの屋根をもつとのことですが、こちらは上部が空いて襷が見当たりません。
「薬医門」と「源氏塀」 ↓
立派な入母屋造りの「玄関」(「主玄関」と「脇玄関」がある) ↓
「玄関の間」 ↓
「玄関」と「主屋主座敷」 ↓
「主屋主座敷」外観 ↓
「主屋主座敷」 ↓
「主屋奥座敷」 ↓
L字型の「主屋」 ↓
敷地内には「主屋」の他に、「雑舎」「蔵」「御数寄屋」の和風建築と、「御数寄屋」に面した所には回遊式の枯山水庭園が拡がります。
「御数寄屋」外観 ↓
「御数寄屋」内部 ↓
「御数寄屋」内部の「欄干」 ↓
回遊式の「枯山水庭園」 ↓
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