全国お城の「石・石垣シリーズ」は、『「石垣」の使われ方』において隅石部分に「武者返し(扇の勾配)の高石垣」が見られるお城をご紹介しています。
因みに、「武者返し(扇の勾配)」が得意だったのが「加藤清正」、「直線的高石垣」が得意だったのが「藤堂高虎」と言われています。
本日は、「九州地方(後編)」で「武者返し(扇の勾配)の高石垣」が見られるお城をお届けします。
「武者返し(扇の勾配)の高石垣」というのは、石垣の隅石が上部から1/2~1/3辺りまでは「直線的」に伸びますが、そこから急に「反り」を持たせますので急勾配になります。従って、そのような「反り」をよじ登ることが不可能なので「武者返し」という名前になっています。
「高石垣」の高さには定義がないものの、10m以上くらい(現代のマンション等の建物の3階建て)あれば高いと感じるのではないかと思い、私はそれを目安(感覚ですが)にして選びました。
今までお届けしてきた「直線的高石垣」は、石垣の隅石が「反りが無く直線的」に積まれていて、非常に高さを誇っている石垣を言います。
因みに、国内のお城の石垣で最も高い石垣(高石垣)は、「大坂城本丸東面 約32m」、その他「丸亀城三の丸坤櫓台石垣 31m」「大坂城南外堀 約30m」「伊賀上野城本丸西面 約30m弱」等が30m級の高さを誇っています。
「熊本城」(熊本県熊本市)<「須戸口門」を監視する復元「平御櫓」の石垣>
「熊本城」(熊本県熊本市)<「月見櫓」台の石垣(手前)>
「熊本城」(熊本県熊本市)<「東竹の丸」跡の石垣>
「熊本城」(熊本県熊本市)<「竹の丸五階櫓」台跡の石垣>
「熊本城」(熊本県熊本市)<「二様の石垣」の石垣>
「熊本城」(熊本県熊本市)<「二様の石垣」の石垣>
「熊本城」(熊本県熊本市)<「大天守台」>
「熊本城」(熊本県熊本市)<重文「宇土櫓」台の石垣>
「熊本城」(熊本県熊本市)<重文「監物櫓」台の石垣>
「八代城」(熊本県八代市)<「大天守台」跡>
「八代城」(熊本県八代市)<「大天守台」跡と「小天守台」跡>
「八代城」(熊本県八代市)<「小天守台」跡の石垣>
「八代城」(熊本県八代市)「磨櫓」跡の石垣(手前)と「頬当御門高麗門」跡>
「八代城」(熊本県八代市)<「磨櫓」台跡(欄干橋方向)>
「八代城」(熊本県八代市)<「磨櫓から宝形櫓跡方向と内堀宝形櫓」台跡方向、「磨櫓」から>
「八代城」(熊本県八代市)<「二の丸」跡の石垣>
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