すでに「速報」でお届けしていますように、第二弾「夏好例のお城巡り一人旅」8/18(木)~19(金)の一泊二日です。19日(金)に訪城した第4城目の「一宮城(後編)」(徳島県徳島市)をお届けします。
前回のブログでは、「蜂須賀家」によって近世城郭化を進めた痕跡でもある「本丸」跡の見事な石垣をお届けしました。
「一宮城(前編)」はこちらからご覧ください↓
「一宮城跡案内図」(現地にて掲出)
今回は、「本丸」跡から少し下っていくと左手に見られる「小曲輪」群からです。「小曲輪」群は五つあって、道からは土塁が盛り上がったように見えます。土塁のように見える小曲輪との間は「堀切」が何か所も見られます。
「小曲輪」群
「小曲輪」群の間の「堀切」
「小曲輪」群
「小曲輪」群の間の「堀切」
「投石用の石」(この辺りから出てきたが、これらは後ほど置いたモノ)
右手の少し広めの敷地は「花畑」と呼ばれる場所で、こんな場所で何を作っていたのか興味が湧きます。近くに炊事場もあったことから、野菜等を作っていたのでしょうか。
「花畑」跡
「小曲輪」群が終わった所には電波塔が立っていて、そこを右手に折れた所に岩が一杯道に出ている所があり、それは何だろうと疑問を持ちながら、「小倉丸」跡へ向かいました。
「水手丸、小倉丸、蔭滝、椎丸」方向
この「岩」は何の跡でしょう?
「小倉丸」跡の「虎口」から中へ入ると、細長い曲輪でしっかりした「土塁」が西側に走っており、その北側には「櫓台」と呼ばれる少し高い所が見られます。「土塁」の長さ、高さ、そして「櫓台」の存在から、西側からの敵を監視する物見的な曲輪であったような感じがしました。
「小倉丸」跡の「虎口」
「小倉丸」跡西側に走る「土塁」
「小倉丸」跡西側に走る「土塁」
「小倉丸」跡西側の少し高い所が「櫓台」
「小倉丸」跡を下りた所には、「空堀」と表示された「横堀」や「竪堀」も見られることから西側からの侵入を防いでいたようです。
「小倉丸」跡の南下の「空堀」(横堀)
「小倉丸」跡の南下の「空堀」(横堀)
「竪堀」(向こう側を下っていきます)
「小倉丸」跡から次の曲輪「椎丸(しいまる)」の間には、「土塁」の標識がある「土橋」のような場所を通って行きます。「椎丸」跡の「虎口」から曲輪に入ると小さな曲輪で周囲が「土塁」で囲われているようでしたがシダ類で覆われて良く分かりませんでした。
「土塁」の標識がある「土橋」のような場所
「椎丸」跡の「虎口」
「椎丸」跡の「土塁」
そこからかなりの茂みの中を下っていくと「水の手丸」跡に辿り着きます。「虎口」は少し上がった所にあり、敷地面積も広くないです。こちらも「土塁」が有りますがシダ類で分かりずらいですが、平面は草が刈られていて中に入りることが出来ましたが、特に湿気地でもないような感じでした。
「水の手丸」跡へはロープを伝って下ります
「水の手丸」跡の「虎口」
「水の手丸」跡の「土塁」
「水の手丸」跡
いよいよ「貯水池」と「蔭滝」です。「貯水池と堤」は、お城の水源になっていた貯水池で、「秀吉」の「四国平定」の際にはこれを巡って戦闘が起きたそうです。
「貯水池と堤」跡
「蔭滝」は、鉄鎖を伝って下りる所だと聞いていた難所でしたので少し緊張して臨みました。鉄鎖をシッカリ持ち足を滑らさないように慎重に下りて行ったので特に危険な所はありませんでした。
「蔭滝」の滝壺へは鉄鎖を伝って下ります
「蔭滝」の滝壺へは鉄鎖を伝って下ります
下りてからその岩場を見上げると物凄い断崖絶壁であることは否めません。そこはまた城内の採石場でもあったそうです。
「蔭滝」の滝壺
「採石場」でもあった場所です
「蔭滝」から流れる清水
その清水沿いを歩いて下りると竹林に出て、民家も見えてきましたのでホッとしました。「登城口」まで戻り、9時41分発の徳島バスの時間までまだ20分程あったので、「一宮神社」の境内でゆっくりと腰を据えて休憩しました。
竹林まで辿り着きホッと一息
「一宮神社」は、「一宮家」の時代から厚く信仰されていて「蜂須賀家」の時には社殿を造営されたりしています。「一宮城」の名前も「一宮大明神」から由来するものだとのことです。正面の自然石でできた灯篭は非常に立派なものです。
「一宮神社」の「太鼓橋」
「一宮神社」の鳥居と本殿
「緑泥変成岩」でできた「灯篭」
9時41分のバスに乗り「徳島駅」に着いたのは10時16分です。
帰りの列車時間12時30分まで時間がありますので、「徳島藩主蜂須賀家墓所(興源寺墓所)」まで、徒歩で足を伸ばすことにしました。
「徳島藩主蜂須賀家墓所(興源寺墓所)」は、順不動ですが3城目「徳島城」の所で投稿しました。
「徳島藩主蜂須賀家墓所(興源寺墓所)」はこちらからご覧ください↓
帰りも、「青春18切符」を利用しましたので、普通列車で「高松」まで、「高松」で乗換えて「快速マリンライナー」で「岡山」まで行き、そして再び普通列車に乗換えて「姫路」へ、「姫路」から「新快速」を乗り継いで「大阪」まで帰りました。総時間6時間45分の長旅となりました。1回2,400円余りの乗車賃で5,980円のキョリ分を乗車し楽しめました。
私としては、最長級の「青春18切符」の旅で、「お城巡り」と「鉄道の旅」を楽しめる絶好の1日となりました。
「青春18切符」
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