16城の「お城紀行」を優先して投稿していたので、暫く中断していた「お城」の「天守台シリーズ」を再開します。本日第54弾は、「尼崎城」です。

 

現在多くの「天守台(天守代用の櫓台含む)」が残されていて、更にはその上に復元、復興等の「天守(御三階櫓)」が再建されている場合も多くあります。

 

「天守台」だけがひっそりと残っている場合は、「天守」が取り払われたケースの他にも、江戸時代には機会が有れば「天守」を建築するために「天守台」だけは用意していたケースや、「天守」を建築したいが幕府の目を気にしたり資金面で難しかった場合は、上物は建てず“権威の象徴”として「天守台」だけは築いておくケースもありました。

 

「天守台」は、石垣の場合があったり、土塁上に築かれる場合もありましたし、石垣の場合は「野面積み」「打込接」「切込接」等の加工の仕方や積み方があったり、また武者返しや高石垣或いは数段しかない場合など、非常にバリエーションがあって面白いです。

 

 

尼崎城」(兵庫県尼崎市は、「豊臣家」が滅んだ後の1618年に、幕府が畿内の防衛を意識して「戸田氏鉄」に築城を命じた大城郭の近世城郭です。

 

大城郭だった「尼崎城」(館内に掲出)

 

四重の「天守」を「本丸」の北東隅に築かれ、後の各隅には櫓が築かれましたが、現在その場所は「明城小学校」の敷地になっています。

 

従って、「天守台」等は全て失っていましたが、2019年3月に外観復元した「天守」は、「西三の丸」跡に「天守台」を設けて再建されました。

 

復元「天守」の位置は、左上の「西三之丸」内現在地です

 

「天守」は、立面絵図や古写真等によって外観復元されましたが、「天守台」も絵図から想定された「打込接」によって新たに積上げられていますが、当初の位置ではないので模擬「天守台」になると思います。

 

「天守」と「天守台」の立体絵図(館内に掲出)

上記立体絵図とほぼ同方向からの写真

 

現在建つ復元「天守」は、阪神電車「尼崎駅」のすぐ南東に有り、駅からも近く電車から見える「天守」としても親しまれています。

 

復元「天守」とそんなに高さは無い「天守台」、「東付櫓」と「南付櫓」

「天守台」は「打込接」で積み上げ

復元「天守」と打込接の「天守台」(西面)

復元「天守」と打込接の「天守台」(北西方向から)

復元「天守」と打込接の「天守台」(北東方向から)

 

 

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