只今、「門」と「櫓」を兼ね備え、特に「大手」等の重要箇所を固めた最強の門であった「櫓門」シリーズをお届け中です。

 

今回第13弾は、「土浦城」(茨城県土浦市)の「櫓門」をお届けします。

 

土浦城 太鼓門」(木造復元)

 

県重文「太鼓門」(現在は門両脇に土塀が再建されている、正面から)

 

「土浦城」の歴史は古く、「940年」前後に「平将門」が砦を築いたという伝説がありますが、本格的な築城は、室町時代後期に常陸守八田家の一族である「小田家」に属する「今泉三郎」という人が築城したと言われています。

 

その後、「小田家」や「菅谷家」など城主が変遷して「佐竹家」の軍門に下るものの、「徳川家康」が関東に入った後は「結城秀康」の配下となります。

 

「秀康」の後には、「松平(藤井)家」「西尾家」「朽木家」「土屋家」「松平(大河内)家」の譜代大名系の藩主が目まぐるしく入れ替わり、その間に近世城郭として整備されます。そして1687年から再び「土屋家」が入城して以来、幕末・維新迄統治します。

 

太鼓門」は、江戸時代前期の櫓門で、1656年に「朽木家」の時に「本丸楼門」を「櫓門」に改築し、その際に2階に太鼓を置いて城下へ時を告げるようにしました。

 

1階と2階屋根裏は「素木(素木)造り」、2階の櫓壁部分が「塗籠」になっています。また、窓は2階の各面にありますが、正面には大きな窓枠が付いていますが、裏面(本丸側)は小さな窓が付くだけです。

 

関東では「本丸」に現存する唯一の「櫓門」で、茨城県指定文化財になっています。

 

写真では、「太鼓門」は単独で建っていますが、現在は両脇に土塀が再建されています。

 

県重文「太鼓門」(大きな窓枠が目立つ、正面から)

県重文「太鼓門」(小さな窓、「本丸」跡側から)

県重文「太鼓門」(門部分は「素木造り」、「本丸」側から)

 

 

 

「ポチ」をどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村

 

「フォロー」の方もどうかよろしくお願いいたします。

シロスキーのお城紀行 - にほんブログ村

 

もしよろしければこちらにも「ポチ」をお願いいたします。


お城巡りランキング

 

PVアクセスランキング にほんブログ村