先日、小学校の入学式で休みだった孫君と一緒に「安土城」「彦根城」を巡ってきました。第二弾は「彦根城(前編)」(滋賀県彦根市)です。

 

今回のブログのスタートはJR「彦根駅」からです。駅下の観光協会でパンフをゲットし、セブンイレブンでジュースとアイスを買ってへ「彦根城」に向かってレッツゴーです。

 

「中堀」越しに見える「佐和口門」「天秤櫓」「天守」の三点セットを写真に納めることができるスポットに到着して撮影しました。この場所は私が一番好きなベストスポットです。

 

下から重文「佐和口門多聞櫓と二重櫓」、重文「天秤櫓」、国宝「天守」

 

その時! 孫君が「カメラ(孫君用に貸していた)」が無いと言い出してカバンを探すも見つからず、コンビニか観光協会に置き忘れた可能性があるとのことで駅まで引き返す羽目になりました。

 

ところが、コンビニ、観光協会、そしてその横の派出所を訪ねるもカメラは見つからず、列車の中に忘れた可能性が高くなったので、取り敢えずお城廻りを優先して、先ほどのポイント迄戻りました。

 

孫君は少しションボリなので、折角お城廻りを楽しんでいるのにと思い、カメラはカシオのモノでだいぶ使用しているので見つからなくても「ま! いいかー」、帰りに駅で訪ねてあれば儲けもの、半々の確率にかけることにして進みました。

 

「いろは松」を抜けて「佐和口門」と「多聞櫓」の間の枡形を抜けると、東側のRC造外観復元の「多聞櫓」内の展示が見られましたので中に入り観覧し、その前に拡がる重文「馬屋」内を見学しました。

 

「いろは松」の奥が「佐和口門」

「佐和口門」(右は復元「二重櫓」)

重文「佐和口門多聞櫓と二重櫓」(西側の建物)

復元「佐和口門多聞櫓と二重櫓」(東側の建物)

重文「馬屋」と奥に見えるのが重文「天秤櫓」

重文「馬屋」内

 

「内堀」を跨ぐ「表門橋」から振り向くと、「馬屋」の南側の重文「佐和口多聞櫓」と「二重櫓」の裏側がのぞめます。

 

重文「佐和口多聞櫓」と「二重櫓」の裏側(「表門橋」から)

 

また「表門橋」左手には堀沿いに綺麗な曲線を描きながら「鉢巻・腰巻石垣」が、右手には「腰巻石垣」が見えます。

 

「表門橋」の左手に「鉢巻・腰巻石垣」

「表門橋」の右手に「腰巻石垣」

 

「表御門」跡内側から左手「鐘の丸」に向かっては短いですが「登り石垣」が見えます。

 

「鐘の丸」に向かって延びる「登り石垣」

 

右手に拡がる「二の丸御殿(表御殿)」跡は外観復元された「彦根城博物館」になっていて、藩主「井伊家」に伝わる多くの美術工芸品や古文書などが展示されています。また、御殿内には廃城後に外部へ移築されていた「能舞台」「御亭」が再移築復元されています。

 

RC造りで外観復元された「二の丸御殿(表御殿)」(中は「彦根城博物館」)

 

「山切岸」沿いの道を上った所には「鐘の丸」と「太鼓丸」を分断している「大堀切」が見られ、そこには緊急時には切り落としができる橋が架かっています。

 

左が「山切岸」

「大堀切」の間に架かる橋(右は「天秤櫓」)

「大堀切」の間に架かる橋(左は「天秤櫓」)

 

「鐘の丸」の先端から、先ほどの「登り石垣」が上から見下ろせると聞いていましたが、周囲の木が邪魔して巧く写真は撮れませんでした。しかし、その周囲にあった「東角御櫓」台、「南角御櫓」台、二櫓に挟まれた「南輪多門」櫓台を始めて確認できました。

 

「鐘の丸」周囲の「東角御櫓」台

「鐘の丸」周囲の「南角御櫓」台

 

「鐘の丸」入口の枡形上から定番の重文「天秤櫓」の写真を撮り、またその両脇に石垣の積み方の違い(向かって右側は「打込み接」、左側は「落とし積み」)を確認してから、一般公開している櫓内を見学しました。

 

「鐘の丸」入口の枡形

重文「天秤櫓」(「長浜城」からの移築と言われています、天秤型となり左右の櫓の向きが違う)

「天秤櫓」台の石垣は向かって右側は「打込み接」

「天秤櫓」台の石垣は向かって左側は「落とし積み」)

 

孫君の興味は、櫓窓から覗き見て橋上に狙い定めることにありましたが、私はめったに見ることができない、土壁や木組みの状態、そして窓から望める外観復元の「二の丸御殿」の重なり合う屋根に非常に興味が惹かれました。

 

重文「天秤櫓」西側の「二重櫓」と「続櫓」の裏側

重文「天秤櫓」東側の「二重櫓」と「続櫓」の裏側

重文「天秤櫓」内部

重文「天秤櫓」内部

重文「天秤櫓」内部

重文「天秤櫓」東側の窓から見える外観復元「二の丸御殿」各建物の重ね合う屋根(左に「御亭」が見える)

 

「太鼓丸」跡は、「天秤櫓」と重文「太鼓門」の間の縦長の曲輪で、東側には「石塁」が修復されていますが、今まであまり意識していなかったモノです。そして左手には「時報鐘」が建ち、右手の「続櫓」を併設する「太鼓門」を潜ります。

 

修築の「石塁」(下)と「本丸」跡石垣

「時報鐘」

重文「太鼓櫓門」(どこかのお寺からの移築とか)

重文「太鼓櫓門」(高欄付き)と重文「続櫓」


「本丸」跡正面に聳える国宝「天守」は、小ぶりですが最上階から「唐破風」「入母屋破風」「切妻破風」がバランス良く付き、その中の「懸魚」には金装飾が施され、「華頭窓」も多数配置されているので非常に美しいです。

国宝「天守」

 

孫君は、「天守」正面に立つ「ひこにゃん」と一緒に「ハイポーズ」でした。

 

国宝「天守」と「ひこにゃん」

 

孫君は少々疲れ気味でベンチで給水中に、私は「本丸」南東隅の「着見櫓」台に上がり、そこから見渡せる「山崎曲輪」方向、「西の丸」東側石垣、「井戸曲輪」、そして東下に拡がる「楽々園」と「玄宮園」の眺めを写真に納めました。

 

「着見櫓」台

「山崎曲輪」跡方向

「西の丸」跡東側石垣、「井戸曲輪」跡

「西の丸」跡東側石垣

「楽々園」の「御書院」「地震の間」「茶亭 楽々の間」が繋がる「槻(けやき)御殿」

「玄宮園」

 

「着見櫓」の最先端のベンチには、アベックが仲睦ましく食事をしていたので遠慮をしてそこから写真を撮らなかったのですが、帰宅してから城跡全図を見たら、その真下に「登り石垣」があったことを知り、遠慮したことを悔やみました。

 

さて孫君待つベンチに戻ると、孫君が「キャップ(帽子)」が無いと言い出し、どこかへ置き忘れてきたと言います。どこまで被っていたか覚えていなくて、私が撮ってきた写真で確認すると「安土駅」前までは、カメラと帽子があることが確認できたので、これは電車内に置き忘れたことが濃厚となりました。

 

帽子無くしたらママに叱られると言ってしょげていましたが、それならカメラはいいんかいな! とは言わず、帰りにJRの駅で問合せしてみることにしました。

 

次のブログでは、「天守」内から見ていきます。

 

 

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