私がかつて訪城した約25城の「模擬天守」を順次お届けしています。
前回のブログでも記載しましたが、今や市町村のシンボルで市民権を得た状態で聳えている等という理由で、「模擬天守」を採りあげました。そして「模擬天守」について以下の分類があることも簡単に纏めました。
①お城に「天守」があったものの、現在城域外のかなり違う場所に「天守」が建てられている場合
②お城に「天守」があったことが絵図で描かれているが、その絵図とは全く違った形状の「天守」が建てられている場合
③お城に「天守」があったものの、「天守」の形が絵図や発掘物等何もなく判らない場合
④確かにその場所にお城が有ったと思われるものの、「天守」があったという史実が無い或いは確認されていない場合
⑤お城が有ったという史実が全く無い或いは確認されていない場合(今回のシリーズではこれは割愛します)
まずは、江戸時代に「藩庁」だった「お城」の模擬天守を見ていきます。
本日お届けするのは、「館山城(陣屋)」(千葉県館山市)の模擬天守です。
足場の中に見える模擬天守の東面(城山公園からのぞむ)
「館山(たてやま)城」は、「南総里見八犬伝」で有名な「里見家」が1580年頃に築城したお城で、当時は「天守」も建てられたようですが、1614年に「里見家」は改易されたので廃城となりました。
その後、18世紀の後半に「稲葉家」が「館山城」の麓に「陣屋」を築き、幕末・維新まで当家が統治します。
現在の「館山城」模擬天守は、絵図等が残っていないので、「丸岡城」をモデルに三層四階、一階のみ下見板張りの望楼型複合天守として 1982年(昭和57年)に蘇っています。「模擬天守」の分類では上記の③になります。
模擬天守に付櫓を伴う複合式天守で再築
北東側から、手前は付櫓
私が訪城したのは2013年11月ですが、丁度「天守」の工事中で、足場が組まれた状態の「天守」姿しか望めませんでしたが、多分「天守」最上階からは、美しい海も眺めることができたんだろうなーと思いました。
城山の麓から見上げる(西面、海側から)
現在は、「館山市立博物館」の分館として使用されていて「里見家の紹介、八犬伝の紹介」がされている様です。
次回のブログでは、「久留里城」の模擬天守をお届けします。
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