「大垣城」(岐阜県大垣市)の続きです。
大垣城と城下(総構え含む絵図、天守内に掲出)
この辺りは、水と緑が豊富なエリアとなっていて、夏の暑い時期にはホッとできる場所だと思いますが、当日は小雨が降ったり止んだりの鬱陶しい日でしたので、その涼しさを十分に満喫することができませんでした。
水門川(京橋付近)
「外堀」となっている「牛屋川」と「水門川」が合流して南へ流れますが、少し南下した所には赤い色の「住吉橋」が架かり、その脇には「住吉燈台」と「船町港」跡があります。
住吉橋
この「住吉燈台」は1840年築の「寄棟造り」で県指定史跡となっています。江戸時代には、ここから桑名まで船が行き来していて、その船着場もありました。
住吉燈台
船着場
また、「奥の細道むすびの地」の碑が立ちます。これは、俳人「松尾芭蕉」が5ケ月の「おくの細道」の旅を、ここ大垣で終えて、前述の船着場から桑名へ下ったそうです。
「奥の細道むすびの地」の碑
「水門川」をもう一度北上して「虹の橋」を渡り進みますと、前回ブログで触れた「七口之門」の一つである「柳口門」跡に出ます。そして北東方向にある曲輪「右馬丸」跡に出ます。また、北西方向に歩くと「竹橋口門」跡、「清水口門」跡に出ますが、時間の都合で尋ねることができませんでした。
柳口門跡
右馬丸跡
「右馬丸」跡と「三の丸」跡を通って北に向けて通る道路が「内堀」を埋めたててできた道路で、途中左手には城郭建築風の「郷土館」が建ち、藩主「戸田家」や郷土大垣について学べる資料館となっています。更に道を進めると、その突き当り「水門川」を渡る所に「辰之口門」跡にでます。その丁度北側には、藩校「敬教堂」の跡碑が立ちます。
内堀跡の道路
郷土館
辰の口門跡、辰の口橋
辰之口門の絵図
絵図を元にコンピュターグラフィックで描く門
藩校「敬教堂」跡
このように、大垣城「本丸」を取り巻く城下町を歩くと、如何に大きな城郭であったことが非常に良く判りました。
最後に、「大垣城天守」は四層ですが、四層の天守を持つ4城(大垣城、郡上八幡城、尼崎城、墨俣一夜城)をスタンプラリーする企画のパンフレットを見つけました。大垣観光協会と中日本高速道路㈱とがコラボした企画のようです。
※ちなみに、「墨俣一夜城」は、秀吉(当時は木下藤吉郎)が美濃攻めの時に、一夜で築いたお城ですが、ポスターのようなお城ではなく、柵のお城でした。現在のお城は模擬天守です。
大垣城ゆかりの城スタンプラリーのチラシ
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