前回ブログでは、「本丸」内の建造物と「二の丸」を中心にその周囲を取り巻く「三の丸」「竹曲輪」「天神曲輪」について紹介しました。「大垣城」は更にそれらを取り込む「総構え」を構成しています。
大垣城の本丸と二の丸復元絵図(天守館内に掲出)
大垣城の本丸と二の丸を中心とした模型(天守館内に展示)
総構えには「大垣城七口之門」が、外郭からの出入りを固めていました。
①大手口 ②南口 ③柳口 ④竹橋口 ⑤清水口 ⑥辰之口 ⑦小橋口 以上七口の門です。
大垣七之口門所在地図
更に、名古屋から入る門として「東総門(名古屋口門)」が、京都から入る門として「西総門(京口門)」が設けられていました。
今回は、その「総構え」を歩くべく、前回ブログで触れたように、雨が降る前に廻りきろうと「大垣駅」を降りて駅の東側を流れる「水門川」沿いに歩きます。
最初に出会うのが「東総門(名古屋口門)」跡です。「西総門」跡や「七口之門」跡脇には、門の絵図とそれを基にしたコンピュータグラフィックによる想定門が描かれた案内板が立ちます。
東総門(名古屋口門)跡
東総門(名古屋口門)絵図
絵図を元にコンピュターグラフィックで描く門
「東総門」跡から「水門川」は西に向けて流れを替えますが、「城下町大垣観光マップ」の順路に沿って南へ進みます。昨日紹介した「大手門」跡がある「廣嶺神社」を見て、更に南下すると旧「美濃路」の道路に出ます。
「大手門」跡がある「廣嶺神社」
旧美濃路
そこには、「美濃路大垣宿問屋場」跡と「美濃路大垣宿本陣」跡が道沿いに並びます。「大垣宿本陣」跡を模した建造物が建ち、昭和初期まで残っていた「表門」の写真が案内板に掲出されていました。
美濃路大垣宿本陣跡
美濃路大垣宿本陣の表門(昭和初期のもの)
西に向いて流れる「外堀」跡に沿って伸びる「外堀通り」を進みますと、「水門川」と合流する地点に「西総門(京口門)」跡があります。「水門川」を横切る「京橋」「貝殻橋」の間には「船町道標」が立ち「左 江戸道 右 京みち」とハッキリした文字が刻まれています。
外堀通り
西総門跡(京口門跡)碑、牛屋川を渡る
西総門(京口門)絵図
船町道標
文字数制限がかかりましたので、<大垣城③>へ続きます。
「ポチ」をどうぞよろしくお願いいたします。
「フォロー」の方もどうかよろしくお願いいたします。
もしよろしければこちらにも「ポチ」をお願いいたします。














