更には、「足利氏館」の南側には、「足利学校」があります。こちらは、日本で最も古い学校として歴史の教科書には必ず掲載されていますね。
足利学校 孔子廟を臨む
奈良時代の創建や平安時代の創建、鎌倉時代の「足利義兼」が創建したという諸説があるようですが、室町時代の1439年に「上杉憲実(のりざね)」が鎌倉の円覚寺から初代校長を招聘して学校の再興をしたところから、史実として明らかになっています。
また1549年には、イエズス会の「フランシスコ・ザビエル」によって「坂東の大学」として世界に紹介されています。
「孔子廟」に向かって延びる道の最初の入口は「入徳門」、次に「学校門」が並び、「孔子廟」の門である「杏壇(きょうだん)門」が一直線に並びます。
足利学校 入徳門
足利学校 学校門
足利学校 杏壇(きょうだん)門
足利学校 孔子廟
これらは、1668年に創建されましたが、その後「入徳門」は焼失して1840年頃に修築されたものです。また「杏壇門」も1892年の火災で一部が焼失して修築しています。
この東側には、「庫裏」や「書院」「方丈」の他に「衆寮」「土蔵」等は復元された建造物です。
足利学校 復元庫裏と復元書院
足利学校 復元方丈
足利学校 復元衆寮
足利学校 復元裏門正面
こんなに一か所で、鎌倉時代のモノから江戸時代のモノが凝縮して揃う遺跡は、なかなか見られない貴重なエリアだと思います。










