「春のお城巡り一人旅」の2日目は、先のブログで「岩国城」を紹介しましたが、その後は「三原城」(広島県三原市)まで足を延ばします。勿論「おとなびWEBパス」を使用しての移動ですので、広島駅からは新幹線「こだま」に乗り込み、27分乗車のアッという間の到着となりました。

 

三原城の縄張り絵(本丸周辺)

三原城天守台とJR新幹線三原駅(右側)

 

「三原城」の歴史と城主についてですが、「毛利元就」の三男であった「隆景」が、「小早川家」の養子に出され「沼田小早川家」の家督を継ぐようになり「高山城」を経て「新高山城」を本拠地にしますが、その後、本拠地のお城を「三原城」へ移します。

 

「関ケ原の戦い」後の江戸時代初めは「福島正則」の領地であったので「正則」の息子が城代として入りますが、「福島正則」による「広島城」無断修築の咎を受けて「川中島」へ移封させられます。

 

その後入城したのが「浅野家」でしたが、福島時代と同様に「広島城」の支城的な存在でありました。

 

さて、三原駅に着いてすぐに、改札口を出て駅の建物内にある「天守台」の出入口に向かいます。広大で立派な天守台で、「広島城」の天守が6基も建ち並ぶだけの面積があるそうです。

 

天守台とJR新幹線三原駅

天守台(東面)

天守台(西面)

新幹線のホームの真横に天守台

 

新幹線「三原駅」が真横にある天守台は、東・西・北側の周囲を堀によって囲われていて、北側には復元した「後藤門」石垣が周囲の石垣の色とは異なって見えます。

 

後藤門復元石垣(2016.3年完成)

 

JRの線路が、お城の敷地を串刺しにして敷かれたので、駅の周囲には石垣が各所で見られます。

 

まずは三原駅西側の新幹線ホームの真下に、次に天守台の東側の石垣が、駐輪場の奥まで延びているのが見られます。

 

高架下に鎮座する石垣

高架下駐輪場に残る石垣 

 

そして、駅北西側に隣接したマンションの駐車場には「内堀」の石垣が、それに江戸時代に「三原刀」を製造していた「鍛冶曲輪」の石垣など、駅を中心にあちらこちらで石垣が見られます。

 

駐車場に残る内堀の石垣

鍛冶曲輪と天守台(奥に見える)

 

駅の南側は、「浮城広場」のネーミングでバスの発着場となっていますが、広場の南西に建つ「三原国際ホテル」の裏入口には、「本丸中門」跡の碑とともに石垣が残ります。更に「一番櫓」の碑も立ちます。

 

本丸中門跡碑 

本丸中門跡 (三原国際ホテルの裏) 

本丸中門跡の櫓台

三原城臨海一番櫓跡碑

 

更には駅の南東方向の住宅街の中からひょっこりと、「天守台」にも負けないくらいの広大な石垣の敷地を持つ「船入櫓」跡が横たわります。南西側と南東側に石垣があり、南東から北東側に堀が残ります。

 

三原城の縄張り絵(舟入櫓周辺)

舟入櫓跡の石垣 

舟入櫓跡の石垣 

舟入櫓跡(東面)

 

舟入櫓跡と堀

舟入櫓内の堀と入口

舟入櫓跡の礎石

 

本日のブログはここまで、「三原城下」巡りは次回ブログで紹介します。

 

 

 

 

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