人によって いろんな目的が出てきます。
ただし、これらを「悪いことだ」という視点で見ないでくださいね。
「こういった目的があって、感情を『使っている』んだな」
「子どもが怒らせるから怒る、のではなく、私が 怒ることを選んでいるんだ」
と気づくだけでいいのです。
それだけで、感情を 「自動操縦」から、「手動操縦」に切り替える スイッチが見つかるときがあるから。
人を理解するときにも、この「感情は使われている」という考え方が 役に立ちます。
たとえば、ですが
子どもの嘘泣き
→攻撃されないために、弱い立場をとる
「かわいそうな私」をアピールする
→ やさしい言葉をかけてほしい。味方になってほしい。
「あなたのために、耳の痛いことを言ってあげている」と怒る
→ 怒りをぶつけていることを正当化する。罪悪感を感じたくない。
「あいつはバカだ」とこき下ろす
→相手を相対的に下げることで、自分の劣等感を満たす
他人の悪口を言い、同意を求める
→みんなで共有することで、連帯感を高める
などなどなど。
無意識に感情を使って、人を動かそうとしているのことがわかります。
そして、ここからが大事。
相手を「理解する」というのは、「わかろうとする」ということです。
ということは、
「私の中にも 同じようなものがある」
と自覚することなんです。
「あの人」を分析する前に、「自分」のこととして 考えてみる。
「なんのために、私はこの感情を使っているのだろう?」
すると、自分の中にも、
ずるくて、人より優位に立ちたくて、人を攻撃したくて…
という思いがあるということがわかります。
残念だけど、それを 認める。
だって 私たちの中に「ある」んだもん。
つまり、他人を理解すること、というのは、自分の影の部分を認めることです。
ここが欠けてしまうと、理解という名のもとに 人を批判したり、変えようとしたりします。
自分を守るための、他人を攻撃するための、武器にしたりします。
昨日も書いたけど、どうせ知識を使うなら、自分がハッピーになるために使おう![]()
知識を使うときにも、目的が大事。
参照HP https://ameblo.jp/heartstrings-mika/entry-12460943575.html