「友愛と共生社会」の実現へ(7)── 労働運動から政治運動へ
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平野貞夫著:わが友・小沢一郎(幻冬舎)
鈴木文治の努力で創設された「友愛会」の綱領は、次のようなものであった。
(1)我らは互いに親睦し、一致協力して相愛扶助の目的を貫徹せんことを期す。
(2)我らは公共の理想に従い、識見の開発、德性の開発、德性の涵養、技術の進歩をはからんことを期す。
(3)我らは共同の力により、着実な方法をもって我らの地位の改善をはからんことを期す。
ユニテリアンの精神そのものである。友愛会の顧問には、東大教授・桑田熊蔵、法学博士・小河滋次郎、評議員に慶応大教授・堀江帰一、東大教授・高野岩三
郎、戸板女学校主幹・武田芳三郎、早大教授・内ヶ崎作三郎(牧師)、仏文学者・内藤濯、弁護士・松尾清次、子爵・五島盛光、東京養育院幹事・安達憲忠、一
高教授・三並良、東京商大教授・関一らが就任した。そして、渋沢栄一ら開明的経営者の協力を得て発足した。明治の有識者の中には、時の政権に媚びを売る 21世紀の日本の有識者とは違う見識があった。
友愛会運動は二年目で2,000人を組織し、どんどん拡大していく。第一次世界大戦やロシア革命など歴史の中で、労働運動として発展を遂げる。大 正10年(1921)10月の10周年記念大会で「日本労働総同盟」となる。ユニテリアン思想を出発点として、弱い立場の働くものを守り、労働争議を指導 する本格的な労働運動の全国組織となる。
日本の経済発展とともに、労働運動もILOに加盟するなど展開していくが、ソ連や社会主義運動の影響を受けて分裂をくり返す。また戦時体制では国
家権力の中に組み入れられていく。さらに敗戦後の労働運動は、米ソ冷戦下ではイデオロギーの対立をくり返した。経済が成長し豊かな社会となると、労働運動
の退廃が始まる。自分たちだけが良ければよいとの風潮が主流となる。労働貴族が生まれ労働組合員の既得権化を批判されるようになる。21世紀の今日、労働
組合運動は大きな曲り角にきている。
鈴木文治が創って働く人々全体の「相愛扶助」という「友愛会の原点」は、ほとんど忘れられている。現在の「友愛会館」の場所は、かつてのユニテリ アン教会のあったところだ。ユニテリアンという言葉を知る人もきわめて少ない。その精神はほとんどの人々の心から消えてしまった。
「友愛会」といえば、もう一方で戦前から知られているのが、鳩山由紀夫民主党代
表の祖父・鳩山一郎元首相である。戦後の昭和27年(1952)、
政界復帰後はじめての演説で「友愛革命」を提唱した。孟子の「惻隠の心」という言葉を引用したり、ユニテリアンの話を引用して、真の友情や隣人愛の必要性
を説いている。さらに民主主義を確立するためには「智」がなくてはならないとし、これがないと衆愚政治になると論じている。ユニテリアン思想は、健全な保
守主義者の中にも大きな影響を与えていた。
20世紀に出現した異様な人間文明、排他的で自己中心の過剰な市場原理主義による投機資本主義は、米国のキリスト教原理主義者の影響によって、
21世紀の地球人類を恐怖に陥れている。中東の石油資源をめぐる争いも、人間を勝組と負組に区別し格差と貧困をつくる政治も、その背景には宗教・信仰の堕
落がある。いかにして「友愛と共生の社会」を実現すべきか、次回の最終版で述べよう。(続く)





