もう既に穂波は半泣きになっている。
幾ら説得して納得してもらったとしてもやはり怖いものは怖いのだろう。
と言うわけで今わたし達は遊霊病棟の前に立っている。

「さ、行くわよ。この前のお墓は大丈夫だったじゃない。きっとこっちも大丈夫だって」
穂波にとっては霊園よりもお化け屋敷の方が怖いらしい。
いざお化け屋敷を目の前にすると穂波の足は地面と一体化したかのように動かなくなる。
穂波が言うには、霊園は人を怖がらせるための場所じゃないからまだマシなんだけど、お化け屋敷は人を怖がらせることに特化した場所だからこっちの方が怖い、だそうだ。
ふむ。なるほど。確かにそう言うものかもしれない。

「じゃぁ穂波は目を瞑って盾構えてるだけでいいから、ね?怖いのはわたし達がやっつけるから。だから行こう?」
「あの、わたし”達”って私もさらっと攻撃陣に入ってません?」
「別に良いでしょ?春花だってあんな馬鹿でかいハンマー担いでるんだから、たまには使ってもバチは当たらないわよ?」
「はぁ…私あんまり乱暴は得意じゃないのですけど…仕方ありませんわね」
何言ってるんだか。魔法障壁のスキルを引き出すまではさも当たり前の様にあの大槌を振り回して戦ってたくせに。

入るまでにすったもんだがあったけど…気を取り直して行くとしますか。
遊霊病棟に一歩踏み込むとかなり冷房が強く効いていて、かなり寒い。
これは長居するにはちょっとキツイわね。
司令部に問い合わせるとブラッドサンプルの反応があった。
しかもこの近くにあると言う。
これは割と簡単に回収できるかもしれないわね。
わたし達は解析された座標に向かうと…何か居る。

何と言えば良いか…拷問台の上に括り付けられて下半身をもぎ取られた人、とでも言おうか。
マスタートーチャー 
そんなエグイ状態の人がわたし達に気付き、話しかけてくる。
ちなみにこの時点で穂波は既に卒倒している。

「ワレトイタミヲワカツモノヨ…」
いやそんなつもりは毛頭無いんだけど…と思っても向こうはお構いなしに話を続ける。
何でもこの階に「イタミ」とやらが五つあるらしい。それを全部回って来いってことなんだけど…。
つまりアレか。このアトラクションのチェックポイントみたいな感じのモノなんだろう。
下半身をもぎ取られた人はそれだけ言うと霧散するようにその姿を消してしまう。

どうやら今の奴がブラッドサンプルを持っているのか。
はぁ…面倒臭いなぁ。
このアトラクションをクリアしないとブラッドサンプルが回収できないって言うお約束な展開が丸見えだ。
「ぅぅ…ん」
下半身がもぎ取られた人が居なくなると同時に穂波が目を覚ます。
…この子、本当は起きてたんじゃ?と疑いたくなるタイミングだけど、あまり深くは問わないでおこう。

「コレヨリコトバニヨルゴウモンヲカイシスル!」
チェックポイントに辿り着くとチェックポイント担当の幽霊風異形が高らかに宣言する。
言葉による拷問?
何事かと思って聞いていると…
「オマエハキョウ、ガイシュツシタカ!?」
「ここに居るってことは外出してるからだと思わないの?」
わたしの切り替えしを聞くや、幽霊風異形は溜息を一つ。
「オマエハアンガイフツウノヤツナンダナ。ツマランヤツメ」
それだけ吐き捨てる様に言い残すと幽霊風異形は姿を消す。

え?…今のが言葉による拷問?なの?
一体何が拷問なのか分からない。ただ無理やり因縁つけられただけ…よね?
それでも雰囲気に飲まれている穂波には効果覿面だったらしい。
「あぁぁ…あたし、つまらない子なんだ…」
と泣き出す。
あぁ、もう!面倒臭い子ね。

穂波を宥めて漸く辿り着いた次のチェックポイントでは…。
「コレヨリニクタイノゴウモンヲカイシスル!!」
と言うなり幽霊異形が襲い掛かってくる…んだけど地味に弱い。
弱かったんだけど…最後に捨て台詞。
「ヨワイモノヲヨウシャナクイタブル!ソレガオマエタチノホンシツダ!」
良く分かってるじゃない。そうじゃなきゃ毒矢でじんわりと緩慢に殺すとか、呪いで一方的に命を削り取るとか出来るわけない。
…なんなのかしら。まぁお化け屋敷だから怖がらせようとしてるんだろうけど…幼稚すぎる。
と思ったんだけど…これに反応する者が約一名。
「そんな…私はそんな…」
あんな馬鹿でかい大槌を振り回して敵を殴り倒しておきながらどの口が言うのか…春花ががっくりと項垂れる。
「ほら一々気にしないの!」

そんな調子で言葉の拷問の度に穂波を慰めて、肉体の拷問(?)の度に春花を慰めて…。
一体何なの、この茶番は?
もうわたしもいい加減慰め疲れてきた…。
結局一階から三階までのチェックポイントを全部回りきった頃には皆精神的に疲れ切っていた。
「スベテノイタミヲウケテキタカ…」
下半身をもぎ取られた人が鷹揚にわたし達を迎える。
「オマエタチノタマシイハイタミニヨリゼツボウニシズンダ!アトハニクタイヲクラウノミ!」
と言って襲い掛かってくる!

しまった…!今までが今までだったので、完全に油断していた。
この展開は充分に予測できたはずなのに…。
屈辱だわ…あんな幼稚な拷問ごっこでここまで神経をすり減らされただなんて!
しかもこの下半身をもぎ取られた人、今までの”肉体の拷問”担当と違って本気で強い!
完全に先手を取られて抑え込まれてしまう。
穂波は完全に自信を喪失してただ盾の後ろで縮こまり、春花は大槌を手にしながらもどうしてもそれを振り下ろせない。
このままでは…やられる。
そう思った時だった。