彫像の下に現れた道の先は…帝都衛兵の兵舎だった。
あまりに唐突な事だったので、危うく声が出そうになった。
まったく何て場所に出るのよ。

幸いわたしの侵入で目を覚ました衛兵はいない。
起きて何かやってる衛兵も居ないみたいね。
わたしはほっと胸を撫で下ろすと忍び込んだ白金の塔を登る。

ここからが本番ね。
塔の中を巡回している衛兵を物陰でやり過ごし閲覧室を目指す。
閲覧室に辿り着いたけど、入室するには扉を開けてもらわないといけない…が、わたしは声をかけることが出来ない。
声を出したら侵入者であることを報せてしまうようなものだ。
わたしは扉の管理人の後ろに回り込むと自分で扉の仕掛けを操作して開ける。

そしてグレイフォックスに支持されて通り無言で椅子に座る。
「セリア・キャモラン様、御養母の星霜の書をお持ちしました」
それはあまりにもあっさりと…わたしの目の前に差し出された。
星霜の書 
わたしは盲目の僧が離れたことを確認すると星霜の書を軽く捲り…すぐに閉じる。

これは危ない…。
魔法に携わる者ならこの書が孕む危険を見て取れるだろう。
恐らく無防備にこれを読み進めると目が潰れるなんて程度では済まない。
わたしは書を懐に収めると立ち上がり…入り口が閉まっているのを見る。
声を出せないので、中から開けてもらうよう頼むことも出来ない。

わたしは閲覧室の上階を覗き込むと…そこにも扉があった。
取り敢えずそこから閲覧室を出るには出たけど…どうする?
このまま上に上にと登っても出るに出られないんじゃないだろうか?
どこか脱出口は無いのかしら?
結局盲目の僧達の居住区を抜けて最上階、オカートの寝室まで来てしまった。

でも脱出口は…。
…無いわけでは無かった。
暖炉の煙突。
ここを降りられれば塔から出られるかもしれない。
でも相当の高さだ。
行けるのか?
わたしは生唾を飲む。
そこでふとあることを思い出した。
さっき履き替えたスプリングヒールジャック…これを信じるしかない。

こんなところで悠長なことをしてられない。
わたしは覚悟すると煙突に身を躍らせる。
「ぁぅっ…」
流石に足は痛んだけど、何とか生きてるみたい。
でも靴は流石に壊れてしまったみたいね。
わたしは辺りを見回し、あの太古の避難路まで落ちてきたことを確認すると下水道に戻り何食わぬ顔で帝都の街中まで戻ってくる。

「書を持ってきたのか!本当にやり遂げたんだな!それでこそ盗賊だ!!」
グレイフォックスがわたしを絶賛する。
「これを解読するには少し時間が掛かる…済まんがその間に一つ頼まれてくれないか?」
そう言うと指輪を一つ取り出す。
「これをアンヴィル伯爵夫人に渡してくれ。そしてその反応を教えてくれ」
「??」
一体何を?

イマイチ状況が飲み込めないが…わたしはその指輪を持ってアンヴィルまで出向く。
「この指輪は…夫の物!」
伯爵夫人は指輪を目にして驚愕する。
何でも伯爵は行方不明になってもう十年も経つと言う。
わたしは伯爵夫人から質問攻めされるが、まともに答えることも出来ない。
その指輪を預かったのはグレイフォックス…このことを上手く伝える術をわたしは持たない。
その時だった。
後ろで人の気配が。
そして伯爵夫人は血相を変えてその後ろに現れた人に駆け寄る。

「星霜の書の力によりエマー・ダレロスはノクタナールの灰色頭巾を盗んだ真犯人と宣言する!」
再会 
その男が声高に宣言し、そして何と言うことかあのグレイフォックスの仮面を被る。
伯爵夫人は目を丸くして驚く。
「貴方はグレイフォックス!?」
「確かに私はグレイフォックスだ。だがしかし、私は貴女の夫コルヴァスでもある」
あまりのことに伯爵夫人はしばし言葉を失う。
「私は十年前、先代のグレイフォックスからこの灰色頭巾を受け継ぎ、盗賊ギルドと共にその呪いも引き継いでしまった」
何でもその灰色頭巾はノクターナルの呪いがかけられていて、それを一度でも被ってしまうと歴史から被った人が抹消されてしまうと言う。

「それ故に戻ることが出来なかったと?」
伯爵夫人が掠れる声を絞り出すように問う。
「私はすぐ隣に立っても君は気付きもしなかった。どれだけ声を張り上げても君は困った顔をしただけだった…」
グレイフォックス、いやアンヴィル伯爵コルヴァスは涙ながらに語る。
「ですが…名だたる盗賊であるグレイフォックスをアンヴィル伯爵として迎えることはできません!」
伯爵夫人は強く拒絶する。
「あぁ、そう言うだろうと思って一人友人を連れてきたんだ」

そう言うとグレイフォックスはわたしを見る。
え?何だか嫌な予感…。
「今後は盗賊家業から足を洗う。そして次代のギルドマスターに灰色頭巾を譲ろう」
そう言うと頭巾をわたしに押し付ける。
「それはもう君の物だ。頭巾の呪いは解かれた。そしてそれにより歴史も変貌する」
何でも星霜の書で呪いを解いた事で、歴史は呪いが無かったものに書き換えられてしまったのだと言う。
そしてこの頭巾を最後の大仕事の報酬とすると言う。
…つまりこれでわたしが盗賊ギルドの頭目でグレイフォックスになる、と?

わたしは盗賊ギルドで下っ端だった頃を思い出す。
上からの命令は絶対、逆らったらストーキングするとか脅されて…成りあがってそう言った圧力を跳ね除けようとしてはいた。
いたんだけど…まさかここまでのし上がってしまうなんてね。
これでわたしはどうしようと誰からも文句は言われない。
これで盗みともおさらばだ。

グレイフォックス…いやもうコルヴァスか。アンヴィル伯爵と別れるとわたしは興味本位で頭巾を被ってみる。
もう呪いは無いのはさっき見たとおり。

だけど…その行為はあまりに浅はかだった。
「お前は!」
その声に振り向くと…レックス隊長!
「ここで会ったが百年目!逮捕だ!グレイフォックス!」
そう言えばここに左遷されてたんだっけ。
わたしは急な事に驚いて咄嗟に逃げ出す。
「待て!グレイフォックス!」
「あばよ!とっつぁん!」
わたしに出来るのはそう言い捨てて逃げることしか出来なかった。