天秤を取り敢えず鞄に押し込んで聖域を去ろうとしたんだけど…一党の一員に呼び止められた。
わたしを呼び止めたのはテイナーヴァ。
暗殺仕事の際に的確な助言をくれる唯一の人物だ。

「済まないが力を貸してくれないか?」
何でも一党の仕事とは別口で個人的に頼まれて欲しいことがあると言う。
「何?」
取り敢えず話だけは聞いておくことにした。
何だかんだ言ってもこの人の助言に救われたこともある。
「スカー=テイルと言うシャドウスケイルを殺してほしい」
…結局は殺しか。

何でもアルゴニアンの祖国、ブラックマーシュでは影座の子供をシャドウスケイルとして暗殺者の訓練を施す習わしがあるそうな。
で、テイナーヴァとオチーヴァそしてスカー=テイルは同期の暗殺者だったんだけど、そのスカー=テイル君が訓練終了と共に脱走したと言う。

「奴はブラックマーシュを抜け、暗殺者の任務を放棄したんだ!これは裏切りだ!」
テイナーヴァが珍しく感情を露わにする。
それなら自分で決着を着けて来ればいいのに、と思ったんだけど、やっぱり向こうは向こうで戒律があるらしく、同僚を手に掛けてはいけない決まりがあると言う。
ヘンな話ね。そのスカー=テイルとやらは裏切り者なんだからさっさと除名しちゃえば良いのに。
そうすればわたしなんかに頼まなくても誰でも殺しにいけるだろうに。

まぁそれをテイナーヴァに言っても仕方が無い。
念の為オチーヴァにも確認を取ったが、彼女もテイナーヴァと同じ考えだと言う。
…気が進まないなぁ。
断っても良かったのかもしれないけど、暗殺者の機嫌はあんまり損ねたくない。
戒律やら何やらがあるから直接的にどうこうされることは無いはずだけど、ヘンに恨まれたりしたくない。

スカー=テイルが潜んでいると言うレヤウィンに程近い野営地。
「いるんだろ?誰だ?」
これでもひっそりと近付いたつもりだったけど、あっさりとバレてしまった。
やはり腕は本物、ってことか。
わたしは諦めて姿を現す。

「来ることは分かってたぜ、暗殺者さん」
わたしを見るや「くくく」と喉の奥で笑う。
「オチーヴァ…じゃないな。テイナーヴァに頼まれたんだろ?」
何でもお見通し、ってことか。
「そうよ」
「ま、殺りたいなら殺ると良い。大したおもてなしも出来なくて済まんね。アルゴニア宮廷からも刺客が来てな。そいつは返り討ちにしたんだが、こっちも無事とはいかなくてな」

スカー=テイルが視線を向けた先にはアルゴニアンが一人事切れていた。
スカー=テイルはその死体を見て何か思いついたらしい。
「そうだ、こう言うのはどうだ?俺の財産をやるから見逃してくれ」
唐突にそう持ちかけてくる。
何を企んでる?油断を誘って不意を打つ気かしら?
スカー=テイルは更に言葉を続ける。
「多分テイナーヴァから証拠に俺の心臓を持ち帰るよう言われてるだろ?代わりにそいつの心臓を持っていきな。なぁに、バレはしないさ」

確かにそうだろう。流石に心臓だけで誰のものか特定することは出来ないだろう。
ふむ…悪くない話、か。
わたしも無駄に手を汚さなくて済むし。
「良いわよ。見逃してあげる」
わたしはスカー=テイルの財産を受け取り、返り討ちになった刺客の心臓を抉り取ると聖域に帰った。

「おぉ!やってくれたのか!ありがとう」
テイナーヴァは感激してわたしの今後の仕事に役立つだろう、と魔法が込められたブーツをくれた。
知らぬが花とは言うけど、あの心臓がスカー=テイルのものじゃないことがバレないことを祈りつつ聖域を後にした。