レヤウィンで騎士に任命されて数日。
折角だからと白馬山荘でマゾーガと過ごしてみたんだけど…。
はっきり言って不便。
山荘は街の外にあるので、買い物に行くだけでもかなりの時間を取られてしまう。
それに色々と物を置いて行商に出ようと思っても、マゾーガがいるとどうしても留守が不安になる。
別に留守の間に物を盗られるとかそう言う心配はないんだけど、デイドラ王のアーティファクトとかに不用意に触られたら、と思うと気が気じゃない。

…やっぱりちゃんと個人としての自宅が欲しい、わね。
そんなわけで改めてレヤウィンのお城に参内して不動産の取引を伯爵に持ちかける。
「おや、白馬の騎士ではないか。街中に家を構えたい?白馬山荘では不満かな?」
「いえ、そう言うわけでは無いんですが、白馬山荘は川の西側にあるので、もし対岸の東側で何かあった時に現地に急行できた方が良いかと思いまして」
咄嗟に理由をでっち上げる。

街中は正規の衛兵が居る以上、白馬騎士団は山荘の位置からしても街の外を巡回警備するのが目的とわたしは見ている。
だけど山荘はさっきも言ったように川の西岸にあり、東岸側での事態には手が遅れてしまうのは明らか。
しかし東岸側には山荘の様な設備は無い。

「ふむ、成程…確かにそうかもしれませんな。よろしいでしょう。今街中に一軒売り出している家があるのですが」
紹介された物件を見る。
割と普通の一軒家ね。小屋って程小さくも無いけど豪邸とは口が裂けても言えない、そんな感じ。
値段も七千金貨。悪くないと思う。充分予算の範囲内だ。
「では契約成立ですな」
家具については別途自分で用立てるよう言われ鍵を受け取る。
まずは室内を軽く掃除して、それからいつもお世話になっているベストグッズ商店に顔を出す。
「へぇ?この街に家を買ったのかい。そいつはおめでとう。今後もより一層のお引き立てを願うよ」
わたしは店主のおじさんと一緒に商売しているおばさんに挨拶しながら家具を手配してもらう。

「うん、こんな感じかしらね」
家具を運び入れてもらって漸く家としての機能も備わった。
今まで増えた色んな物を仕分けして仕舞っていく。
危険な呪具は一番頑丈な箱に仕舞って鍵をかける。

「よし、取り敢えずはこんなところね」
通り一遍片付けが済むとわたしはご近所に挨拶に行った。
その内の一軒でのこと…。
割と良い構えの邸宅なんだけど…臭いが酷い。
そう言えば最近たまにそんな話を聞くことが何度かあったわね。
確かロゼンティアさん、だったかしら?
裕福な家なんだけど、酷い悪臭のする家があるって。ここのことだったのか。

でもこの臭い…何と言うかある意味嗅ぎ慣れている臭いね。まるで魔法で何かを召喚した瞬間みたいな。
何か召喚の実験でもしてるのかしら?
そう思いながらその家を訪ねる。
まずお出迎えしてくれたのは…スキャンプ。俗に言う小鬼で、簡単な雑用をするために使い魔として置いている術者も多い。
でも襲い掛かってくるような素振りはない。ちゃんと制御されているようね。やっぱり魔法の実験か何かをしているのね。

「ごめんください」
わたしが呼び掛けると奥から助けを呼ぶ声が聞こえる。
召喚に失敗したか!?
弓を手に駆けつけるけど特に何かが居るわけでもない。
ただそこかしこにやたらと小鬼がいる。
ちょっと多すぎじゃないだろうか?こんなに呼び出して何をさせようと言うのか。
…と思ったけど、どうもそうではないらしい。

「お願い助けて…このデイドラの杖のせいで…」
豪邸のご婦人が憔悴しきった表情でわたしに縋る。
何があったのかと聞くと、どうも旅人から格安で魔法の杖を買ったそうだ。
あまりに安いので詐欺かと疑ったけど、杖自体はちゃんと魔法を備えてそうなので試しにと買ったまでは良かった。
その杖を使った時に惨劇が幕を開けた。
杖から次々と小鬼が出てくると言うのだ。しかも召喚者の後を着いて回るように既に杖の術で規定されてしまっているらしく、ロゼンティアの言う事は全く聞かない。

これだけの小鬼がいると臭いも格段に酷くなる。杖を処分しようとしたんだけど、何故か手放せない。
…あー…わたしも覚えがあるわ。そう言う呪い。
呪われてるよ!? 
手元にある小振りの黒いナイフをちらっと見る。

「お願い、魔術師ギルドの友人に解決策を考えてもらってるんだけど、まだ返事が無いの。代わりに聞きに行ってもらえないかしら?」
小鬼を連れて街を歩くわけにもいかないだろうし、まぁそのくらいなら良いか。と軽く引き受ける。

魔術師ギルドに出向いてロゼンティアの友人だと言う錬金術師を訪ねる。
「あー…アレね」
錬金術師は「はぁ…」と溜息を吐く。
どうやらあの杖はシェオゴラス謹製の杖らしく、どうも悪戯目的で作られたものらしい。
…あの狂気の王ならやりかねないわね。もう二度と会うこともないだろうけど…今頃相当怒ってるだろうなぁ。
それで、とにかく延々と小鬼を呼び出すだけで他には何もできないらしい。

「で、杖を手放すには…あの杖を自発的に受け取ってくれる人が現れるのを待つしかないみたいなの」
つまり例の旅人みたいに知らない人に格安で売りつけたりしないといけないわけか。
「そうなの?でもそれじゃどうにもならないんじゃない?次の誰かが同じ目に遭うだけでしょ?」
「うん、まぁ、ね。でもどうにかできそうな場所があるのよ」
そう言うと錬金術師はレヤウィンの近くにある洞窟を教えてくれる。何でもそこはシェオゴラスが祭られた祠があるらしい。
そこでなら手放して置いてくることが出来るんじゃないかと言うんだけど…どんなものかしらね?

話は聞いたのでロゼンティアにそのことを伝えに戻る。
「なんてこと…そんな洞窟に行けるわけ無いじゃない…」
ロゼンティアはがっくりと肩を落とす。
このご婦人の凄いところはわたしに杖を押し付けて代わりに行かせようとしないところだ。
正直今までの経験上、絶対そうなると思っていたのでわたしは素直に感心した。
そしてこう言う人こそ助けてあげたくなるのが人情と言うモノ。
「そんな、悪いわ。こんな厄介なもの押し付けるなんて」
「その杖でちょっと試してみたいことがあるのよ。だから貸してくれないかしら?」

わたしはそう言ってにこりと笑い、杖を受け取ろうとする。
すると今まで投げ捨てようとしても手を離れなかった杖がするりと離れ、わたしの手の中に収まった。
「気を付けてね…これで怪我とかされたら申し訳が立たないし」
本当に良い人なんだなぁ。お隣さんがこう言う人だと何だか嬉しいわね。
わたしはレヤウィンを出ると程近くにある洞窟に足を向けた。

その道中で小鬼相手に色々術の実験をしてみる。
…ふむ、そうなったか。ならこうしたら…うーん、思ったようにはいかないわね。
魔法の生体実験にこう言う杖は最適ね。幾らでも実験台が湧き出てくる。
しかも人間じゃないので気兼ねする必要も無い。
…なるほどねぇ。もう少し練り込まないと駄目みたいね。

わたしは実験を終えると洞窟の奥にあるシェオゴラスの像が備え付けられた祭壇に杖を置いてみる。
マッドゴッドの悪戯 
杖はわたしの手から離れ、小鬼達も仕事が終わったかのようにくつろぎ始めた。
本当に大丈夫だったみたいね。
わたしはレヤウィンに戻るとロゼンティアにその事を伝える。
「ありがとう、本当に助かったわ」
そう言うとお礼に、と魔法の指輪をくれた。