アズラの祠に背を向けてブルーマに戻る。
「どうやら無事持ち出せたようだな」
既に待ち構えていたグレイフォックスが真剣な表情のままわたしを迎える。
わたしはあの宝玉を無言で手渡す。
「…これで王宮の警備は丸裸だな」
どうもこの宝玉は遠見の術が込められたものらしい。それにしても王宮か。
一体何を狙っているのやら。
「必要なことが分かり次第またお前に声をかける」
それだけ言うと立ち去ろうとするが、わたしはそれを呼び止める。あのメモの事を聞いてみたかったからだ。
「貴方の被っているその仮面…ノクターナルの灰色頭巾なんですか?」
「これのことか?…それをどこで知った?」
わたしはあのメモを見せる。
そのメモに目を通すとグレイフォックスは観念したように話し始めた。
「よかろう。隠さず全て話そう…隠れ暮らす人生を隠さず話すと言うのもおかしな話だがな」
そして語られたことは…彼の苦しい半生だった。
巡り合わせでグレイフォックスの仮面を被ったことでそれ以前の全てを失った半生。
「今も俺は本名を二度言ったが…お前には届いてないだろう」
え?本名?そう言われても今までの話の中でグレイフォックスの本名なんて聞いた覚えは無い。
「そしてお前とはこの仮面を着けてないときにも会ったことがある…が、それすらも覚えてないだろう」
グレイフォックスはこの呪いを解くためなら何だってやる、と言った。
つまりこれから先、グレイフォックスからの仕事はその手伝いになると言うことか。
わたしはそこまで聞くとグレイフォックスと別れ、ブルーマの街中に戻った。
さぁて、これからどうしようかなぁ。宿を取るにはまだちょっと早い時間だけど、今から別の街に向かうには遅い時間。
やっぱり宿を取って食堂でのんびりしようかな。
そう思って何時もの安宿に足を向けた時だった。
このブルーマを治める女伯爵からの使いを名乗る中年のおじさんがわたしを呼び止めた。
何でもわたしに頼みたいことがあるんだと言うけど、その内容は直接本人から聞けの一点張り。
その依頼に関する前金を押し付けると使用人のおじさんは城に戻ってしまった。
何だろう?
やっぱりヘンな仕事なのかな…。
わたしは一応参内して話しだけは聞いてみることにした。
「私は骨董品のコレクターなんですよ」
開口一番の言葉がこれ。
…まさかどこかから何か珍しい物を盗んでこい、とかそう言う話かしら?
そのまま黙って話を聞いていると、今はわたしの故郷であるアカヴィリの遺物に興味があるらしく、色々集めて回ってるそうだ。
でもあと一つがどうしても見付からないと言う。
「ドラコニアの狂石…アカヴィリの工芸家が技の粋を尽くした結晶!あらゆる毒から身を守ると言われる逸品です!!」
熱っぽく語る女伯爵。
「それを見付けてこい、と?」
わたしがそう言うと一つ頷いて話を続ける。
「これまでの調査ではペイル峠にある遺跡に眠っている筈なんです」
そう言うとその調査資料を広げて見せてくれる。
第一世紀の末、アカヴィリ地方からタムリエルへの侵攻があってあのレマン・シロディールが各地の群雄を纏め上げてそれに対抗した。
戦場はシロディールの北部、つまりこの近くだ。
アカヴィル軍は非常に強力な軍だったけど、進路にモロウィンドを選んだのがケチの付き始めだったようね。
我らがアカヴィル軍はシロディールの軍とモロウィンドの軍に挟撃されることになってしまい、進退窮まってしまったらしい。
だけどそれですぐに決着が付いたわけじゃなく、アカヴィル軍は奮闘を続ける。
レマンはその統制の取れた動きを見て、どこかに隠し砦のようなものがあるのでは?と疑いを持ち始める。
それを暴くべく砦の隠されてそうなペイル峠に集中攻撃を掛けようとしたところでアカヴィル軍は降伏。戦は終わった。
「その隠し砦こそがドラコニアの狂石を確認できた最後の場所なのです」
そしてそのお宝を発掘して欲しいと言うのが女伯爵からの依頼だ。
わたしは内心ほっとする。久しぶりに盗みや殺しから離れられる。
色々と資料を確認して翌朝ブルーマを発った。
まず目指すは”龍牙の岩”か。これについてはすぐ見つかる。
所謂景勝地ってヤツだからね。
そこからは資料と地図を見比べての探索になる。
次はここから西の”警吏の像”、そして像の北にあるはずの”大蛇の道”を探さないと。
わたしは寒風吹きすさぶ針葉樹の山を掻き分けて進む。
時々は木に登って周りを見渡してみたりして探すことしばし。
「あった!」
位置関係からして間違いないだろう。
林の木々と雪に埋もれた洞窟だ。なるほどこれは確かに易々とは見付からないだろう。
森や山になれたボズマーのわたしだから何とか見付けられたけど。
雪や風は凌げるけど、身体に染み込むような寒さは変わらない。
そんな洞窟の中を歩いていると、石版を抱えた白骨死体があった。
もらった資料にも何かそんな記述があったわね。
そう思い出し、石版を拾い上げて見たんだけど…流石に内容はもう読み取れなくなっていた。
まぁこればかりは仕方ないか。
その洞窟を抜けた先は正に秘境と呼ぶに相応しい場所だろう。
第一世紀の末より人跡未踏の地。
そんな場所だからこそ当時の砦がまだ形を残していられたのだと思う。
これがアカヴィル軍の隠し砦…何となく感慨深いわね。
でもそんな感慨も中に入れば露と消える。
何せ中はアカヴィル軍人の成れの果てが今も砦を守っていたからだ。
自分達が敗戦して死んだことが余程信じられなかったのかもしれない。
最早錆びついて何も斬れないアカヴィリ刀を振りかざして侵入してきたわたしを排除しようとする。
それでもわたしは砦の最奥部まで到達する。
「待ちわびたぞ…長く危険な旅だったな。だが休んではいられないぞ。レマンの軍は迫り物資も底を着いている」
そこでわたしを待っていたのは…アカヴィル軍の指揮官だった。
「アカヴィルからの知らせは何と?」
わたしは大蛇の道で拾った石版を渡す。
指揮官はもう読むことすら敵わないその石版に目を通す。
「良くやってくれた。君は任務を成し遂げたのだ。感謝する…これで我らも休むことができる…アカヴィル万歳!!」
こうして指揮官は…安堵の気配を残して消えた。
これで彼も…いや彼らも安らかに眠れることだろう。
わたしは指揮官室で話に聞いていたドラコニアの狂石らしきものを見付けるとブルーマに戻った。
女伯爵は目を丸くしてその石を見る。
「不可能かと思っていた…もちろん望んではいましたが。でも本当に手に入る日がくるなんて!」
感激した女伯爵は報酬としてアカヴィリ製の指輪をくれた。
わたしが取ってきたドラコニアの狂石と比べても遜色ない逸品だけど…こんなの貰って良いのかしら?
大事なコレクションの一つだろうに。
まぁくれるって言うなら貰うけどね。