わたしは大きく溜息を吐く。
タムリエルに帰ってこれた。
正直帰ることに恐怖もあった。
もし本性が暴露されたままだったら…わたしはタムリエルでも人を殺めてしまうかもしれない。
でもタムリエルに帰還して、あの衛兵やこの大きな顔型のオブリビオンゲートを見物に来ていた人達を見ても何ともなかった。
大丈夫何時ものわたしだ。
そしてまた溜息。振り返ることも無くゲートのある浮島を去る。
どっと疲れたわたしは早めに休もうとブラヴィルの何時もの宿に部屋を借りる。
それがまさかこんな悲劇を招くことになるとは露知らず。

「ほぅ、あれだけの人を殺したと言うのに良く眠れたものだ。素晴らしい!」
ベッドで眠るわたしを見て感嘆する黒ずくめの男。
その声で目が覚めて驚きのあまりわたしは目を見開く。
ここまで接近を許した!?
これでも自慢じゃないけどかなりの回数、野宿とか経験がある。
野盗やらの接近を感知して目を覚ますのは基本技能の一つになっているわたしが、ここまで気付かないなんて。

わたしの反応が楽しいのか、にんまりと男は笑みを浮かべると話を続ける。
「私はルシエン・ラシャンス。闇の一党の伝えし者」
「闇の…一党?」
「そうだ。そしてお前は殺人に際して何の感慨も覚えぬ冷酷な殺人者。我らが母シシスはお前をずっと見ていたぞ」
「何の、話かしら?」
「とぼける必要は無い。確かにタムリエルでの出来事では無かったようだが…お前が数多の無抵抗な命を刈り取ったのは知っている」
そんな馬鹿な…!
わたしがシヴァリングアイルズでやってきたことを「見た」と言うのか?

「大したものだよ。あれだけの命を何の呵責も無く断ち切った!寸分の躊躇いも無く!!」
確かに噂には聞いていた。
殺人を犯すと闇の一党からの使者が訪れる、と。
でもまさかシヴァリングアイルズ、オブリビオン次元のことまで見通すなんて…。
驚愕と恐れで声も出ないわたしの事などお構いなしにルシエンは続ける。
「ブラヴィルの郊外にある宿、”不吉なる前兆”に一人の老人、ルフィオが隠れ暮らしている。奴を殺せ。この穢れを知らぬ無垢な刃に血の味を教えてやってくれ」
そう言うと刃まで黒い抜身のナイフをわたしに握らせる。
「奴を殺したらお前の入党は完了だ。その時にまた会おう」

そこまで言うとルシエンは透明化の術を使ったのか、一瞬でわたしの視界から姿を消す。
翌朝ヘンな夢を見たような気がして目が覚めた。
手の中には冷たく固い感触。
…夢じゃなかった。
わたしの手にはあの黒いナイフがしっかりと握られていた。
とは言え、あんな奴の言う事を聞く謂れも無い。
わたしはそのナイフをブラヴィルの汚れた川に投げ捨てる。
そしてほっと安堵の溜息。
良かった。「殺し」を否定できた。
シヴァリングアイルズでは「人を殺せる」機会があるとわたしは殺していた。それが自然の成り行きであるかのように。
でもタムリエルに帰ってきたことでわたしの理性も帰ってきたようだ。

そして何時もの日常が戻ってきた。
…はずだった。
商売を終えて宿に泊まって翌朝。
…何故か手の中に冷たく固い感触。
わたしの手の中に川に投げ捨てたはずのナイフが収まっていた。
このナイフ、呪われてる!?
呪われてるよ!? 
あれこれ試して呪詛を絶とうとしたが、余程強い念が込められているらしく小揺るぎもしない。

その日から悪夢が始まる。
眠ると決まって夢を見る。
ナイフが「乾く…血を…」と延々語りかけてくる、そんな夢を。
そんな夜が何日も続き…わたしの意識も朦朧としてくる。
気付くとわたしは”不吉なる前兆”亭の前に立っていた。

「お、いらっしゃい。久しぶりのお客さんだ」
宿の亭主は上機嫌。
「こちらにルフィオさんは?」
「ん?あの爺さんかい?爺さんなら…ほらそっちの地下の部屋だ」
亭主の指す方に視線を向けて確認する。
「ありがとうございます」
わたしはそれだけ言うと地下室へと向かう。

まだ昼だけど、ベッドに横たわる老いさらばえた老人が一人。
わたしはあの黒い刃を振り上げる。
(だめ!!)
どこかで制止する声が聞こえたような気がした…が刃は吸い込まれるようにルフィオの喉に突き立てられた。
赤い飛沫が舞い、わたしの意識が戻る。
「…あ」
やってしまった…の?
手の中には今や赤く染まった冷たい一振り。

わたしは逃げる様に宿を後にする。
「やってくれたようだな」
その晩。本当にルシエンが訪ねてきた。
「今お前は運命を受け入れた。ルフィオの死が契約書だ。その刃を筆、そして奴の血をインクとして、な。歓迎するぞ!新たなる妹よ」
ルシエンはシェイディンハルにある廃屋を訪ねろと言う。
そこに闇の一党の「聖域」、つまり拠点がある。

はぁ…何でこうなるかなぁ。
わたしは自分を呪い殺したくなる。
盗賊ギルドに続いて闇の一党とも縁を持つことになるなんて。
一体わたしにはどれ程深い業があると言うのか。