シェオゴラスとの面会も終わり、わたしはゼディリアンを目指すことになった。
そのゼディリアンについて説明書きも貰ったので、目を通してみる。
…ふむ。
どうやら罠の仕掛けられた砦の様なものらしい。
シヴァリングアイルズの外から来た侵入者を足止め…と言うか罠にかけて殺してしまうか、もしくは正気を失わせる施設のようだ。
場所はディメンシャ領のかなり南にあるようね。

わたしは宮殿から首都ニューシェオスのディメンシャ側、クルーシブルに出た。
「ぅぇ…」
吐きそう…。
酷い臭い。まるで掃き溜めの様な臭いが街中に充満している。
あのブラヴィルでさえ清潔な街だと勘違いしてしまいそうなくらいだ。
この隣にあの壮麗なマニア側のブリスがあるとは信じられない。
しかしマニア領とディメンシャ領でこれ程までに差があるとは…。
宮殿からクルーシブルに入ってすぐの所にかなり急な階段があるんだけど、そこで不意に話しかけられた。
声の主は初老の男性。
「提案があるんだ。ここで話すのはまずい。日が落ちたらシェオゴラス像の近くにある下水道の門で待ち合わせよう」
それだけ言うと老人は階段の淵に立って景色を眺め始めた。

…なんだろう?嫌な予感しかしない…。
そう言えば前にスキングラードでもこんなこと、有ったわね。
まぁそうそう同じような事も起こるまい。
今の頃合いは夕刻。待ち合わせにはもう少し時間がある。
わたしはこの匂いから逃れるように一旦街の外に出た。

初めて踏み入るディメンシャ領。
街の外は流石にあそこまで酷い悪臭は無い物の、やはり何か臭う。
原因は…あれか。ヘンなキノコみたいな植物が生えていて、そこから腐敗臭が漂ってくる。
それにしても本当に薄暗いわね。日も落ちてきているせいもあるんだろうけど、何と言うかマニア領と違って世界がモノトーンで構成されている。
どれも似たような、しかも煤けたような色合いだからか全体的に視界が黒で覆われる。
正直あまり来たくない場所ね。

ニューシェオスの周辺を散歩がてらに見て歩き、そろそろ夜の帳が世界を包む。
何だか星空まで暗く感じる。こっち側はあまり夜歩きしない方が良さそうね。
わたしは足早にクルーシブルに戻ると、老人との待ち合わせ場所に向かった。
「来てくれてよかった」
わたしが待ち合わせに応じたことに安堵する老人。
そう言えば何で来ちゃったんだろう?断っても良かったような気がするんだけど。
まぁ良いか。もう来てしまったし。

「早速だが…宝が欲しくないか?」
いきなり胡散臭い話が始まった。
この手の話は大体酷い目に遭うのが相場だ。本当にお宝があるならさっさと一人で取りに行けばいい。
だが…今回は所謂「お宝」探しと言うのとは違っていた。
「こいつは…単純な仕事だ。そうとも君がやるべき簡単な仕事があるんだ」
「仕事?一体何をすれば良いの?」
「この老いぼれを…殺してくれ」
「は?」

言うに事欠いてわたしにこの目の前の老人…ハイラスを殺せと言う。
そしてわたしが手にするお宝はハイラスの遺産。
このハイラス、やることなすこと上手く行かずかなりの苦労をしてきたと言う。
「こんな人生は辛すぎる。夢の中でさえ光が射さんのだ。もう全てに嫌気がさす。もう終わりにしたいんだ」
まぁこのクルーシブルに住んでればそんな気分になるのも無理は無いかもしれないわね。
でもだからと言ってわたしが手を汚す理由にはならないだろう。
「死にたいんなら勝手に自害してよ」
わたしはそう提案するが、どうもこのシヴァリングアイルズには自殺に関してペナルティがあるらしい。
自殺した場合、どこかの丘に地縛霊として縛り付けられ永劫彷徨い続けることになるんだそうな。
だからこそ誰かに「殺して」もらいたいんだと言う。そしてその殺し役にわたしを選んだ、と。
この世界も色々難しいのねぇ。

「じゃぁどんな風に死にたいの?」
わたしの口からするりとそんな言葉が紡がれる…が、その事にわたしは違和感を感じなかった。
「その最後の瞬間を敢えて知りたいとは思わん。ただこの街で死にたい。出来れば事故に見せかけるような死に方で頼む」
まったく難儀な。
死にたいくせに死ぬのは怖い、だから殺されるその瞬間を分からないように殺してくれ、と言う。
「私を殺したら…この鍵を持って行ってくれ。私の家にある宝石箱の中にあるものを代金代わりに受け取ってくれ」
それだけ言うとハイラスはほっと安堵したように去って行った。

翌日。
ハイラスは何時もの通りあの急な階段の縁に立って街を眺めていた。
わたしはその背中に話しかける。
「どうしても死なないといけないの?」
「…いつもここに来て物思いに耽る。ここからは全てがちっぽけに見えて気が楽になる、がそれも一時の事。すぐ色々惨めな事を思い出して、ここから飛び降りたくなる…が出来んのだ。丘に行くのは恐ろしい。もし急に突風が吹いてこの背中を押してくれたら、と思うこともあるんだがね」
…それは暗に、わたしに今突き落せと言ってるのかしら?
でもそんなことをすればわたしは警備のマズケンに追われる身になる。こっちだってそんなのご免だ。
「何時か…そんな日が来ると良いわね」
わたしはそれだけ言うと踵を返しす。
残されたハイラスからは落胆の気配が感じられた。

わたしはその階段が見えて、なおかつ人通りの少ない場所を探す。
うん、良さそうな場所があるわね。ここからなら階段の縁に立つハイラスが丸見えだ。
ただ日のある内は向こうからもこっちが見えるだろう。
わたしは日暮れを待つ。

クルーシブルの、ディメンシャ領の日暮れは早い。
世界そのものが薄暗いから、割と早い時間でも日が傾けばかなり暗くなる。
…そろそろ良いかしら。
わたしは弓を構える。
階段の縁にはまだハイラスが居る。
「…さよなら」
わたしの指が弦を弾く。
崩れ落ちる人影が見える。
時間をおいてハイラスの亡骸を見に行った。
わたしの放った矢は脇腹から刺さり、重要器官を貫いていた。
死にたがりな男 
恐らく即死だろう。痛みを感じる暇も無かった…はずだと思いたい。

わたしは約束の通り鍵を拝借すると…雨が降ってきた。
ハイラスの死を悼む天の涙か、それともやはり死にたくなかったと言う彼の後悔の涙か…それは分からない。
わたしは指定された通り宝石箱の中を改める。
中には魔法が施された指輪と…遺言の手紙。
遺書には殺してくれた相手への感謝が綴られていた。
何とも言えない気持ちを抱えて主の居なくなった家を出る。
雨は…まだ止まない。