グランサムの遺産を受け取ったわたしは何となくブラヴィルに戻った。
別に頼まれたわけでもないんだけど、何となく今回の顛末を宿の親父さんに話す。
「そうか…あの幽霊にそんな過去があったんだな。でも無事成仏できたみたいだし、良かったよ」
幽霊の事も一件落着。また明日からは薬の行商を再開しよう、そう思っていたんだけど…。
「そう言えばあんた、知ってるかい?最近ブラヴィルの近くには幽霊以外にも変な物が突然現れたんだ」
親父さんが言うには湖の沖に大きな顔の彫像が乗った浮島が突然現れたと言う。
「面白い、と言うかかなり珍しい物だからあんたも一度見てみると良いよ」
確かにヘンな物みたいね。
出発の前にちょっと見てみようかしら。
そして翌朝、何時もより少し早めに出発してブラヴィルの沖まで船を借りて漕ぎ出す。
…なにこれ?
小さな島に確かに人の顔を彫刻した岩が鎮座している。
それにしてもこの島は一体何なのかしら?
生えてる植物はどれも見たことも無い物ばかり。
それに顔の彫刻の口の部分からはマジカの光が溢れるように迸っている。
とても自然の産物じゃなさそうね。
ブラヴィルの伯爵が警戒しているのか、警備の衛兵が派遣されているけど…衛兵にどうこうできる代物にも見えない。
わたしが手近なところに生えている植物をしげしげと観察していると…
「また来たか!」
衛兵が突如剣を抜く。
何か出てくる!?
「馬鹿な!正気じゃない!何でだ!?何かの間違いだ!あり得ない!俺に近付くな!戻るもんか!皆殺しだ!お前ら全員死ぬんだ!」
マジカの光で溢れる彫刻の口の所から一人の男が吐き出される。
そして取り乱したように騒ぎ始め…ナイフを抜くと暴れ出した!
これは一体何事!?
わたしも急な事に呆然と成り行きを見守るしか出来ない。
結局錯乱した男は衛兵に切り捨てられてしまった。
「一体…何なの?」
わたしの口から無意識に言葉がこぼれる。
「これが何なのかは分からんが…中に入った奴は皆おかしくなって帰ってくる。近付かん方が良いぞ」
衛兵はわたし呟きを聞いてかそう忠告する。
「役立たずのクズめ!使えない常命の肉め!…だがよく頑張ったぞ。奴の死は残念だが諦めろ。そして王者を連れてこい!敵を切り裂くのだ!」
突然顔の彫刻が大きな声で喋り出す!
「常命の王者が敵のはらわたの海を駆け抜けよう!ほら、入ってこい。今のアイルズは最高だぞ?」
わたしはその声に誘われるようにふらふらと…顔に近付いてしまう。
その様子を見て衛兵は嘆息する。
「棺桶に片足を突っ込んだか…止めはしない。帰ってきたときのゴミ掃除は…任せておけ」
それだけ言うとうんざりとしたように俯いた。
わたしは朦朧とした意識のまま、口の中に踏み込んだ。
はっ、と意識を取り戻した時にはそこはかなり薄暗い部屋の中だった。
その部屋にはテーブルがあり、メトロノームがかちこちとリズムを刻む。
「お掛け下さい」
テーブルの向こう側には品の良い初老の男性が一人。そして無表情でわたしに椅子を勧める。
部屋を見回しても薄暗くて何も見えない。仕方ないので老人の勧めに従って椅子に腰かける。
「あの顔は一体何ですか?」
わたしが問いかけるとそこで老人に初めて表情が生まれる。
「おぉ!中に入ってくるとは!全くもって驚きました!」
突然素っ頓狂な声を出されてわたしはちょっといらだつ。
「貴方は一体何者?」
「これは、これは。申し遅れました。私めはハスキル。シェオゴラス王に使える執事にございます」
「シェオゴラス?デイドラ王十六柱の一人の、あの?」
「左様にございます。そしてここは王の支配するシヴァリングアイルズ、狂気の皇帝たるシェオゴラス様の世界が広がっております」
つまりあの顔はオブリビオンゲートだった、ってことか。
デイゴンの世界、デッドランドに繫がるゲートとは見た目がまったく違うのね。
「でも何でまたタムリエルにゲートを開いたの?」
「我が君がそう望まれるからでございます。決め事は違えておりませんゆえ、ムンダスに何ら危険はございません」
ムンダスって言うのはタムリエルを含むわたし達の住む世界の事だ。
でもこうも容易くゲートを開かれる、と言うことはやはりドラゴンファイアが消えてしまったことが原因なんだろうな。
マーティンやジョフリーがあれこれ手を尽くしているのだろうけど、こうやってオブリビオン次元からの接触が後を絶たないところを見るに、まだ解決しそうもないわね。
わたしがそんなことをぼんやりと考えていることも意に介さずハスキルは続ける。
「あれは扉であり、招待状でございます。見たとおりに受け入れて頂ければ、と」
「招待状ですって?じゃぁシェオゴラスはわたしや、あのゲートをくぐった人に何を望んでるの?」
「分かりかねます。我が君は常命の王者を求めておいでです。その真意が何であるか、王の御心を推し量ることなど…ただ貴女様は自らの選択でここに来られたのです。呼ばれたわけではありません」
一々分かりにくい言葉を使ってくるわね。
シェオゴラスは常命の王者…つまり人間の強者を求めていると言うのに、入ってくる人は自分の意志で勝手に入ってきていると言う。
しかもあのゲートは「招待状」だと言っているのに、だ。
まったく相手の目的や真意が見えてこない。何がしたいのか、入って来た人にどうしてほしいのか。
「決定するのは貴女様にございます。踵を返し立ち去るも良いでしょう。ここで過ごした時間が人生に悪影響を及ぼすことは皆無でございましょう」
うさんくさい。ゲートの外で衛兵に斬られた男は完全に錯乱していた。
恐らくシェオゴラス…狂気の王の世界に触れたことで何かが変わってしまったんじゃなかろうか。
怪訝な眼差しを向けるわたし等目に入らぬと言わんばかりにハスキルは言葉を続ける。
「または私めが開く扉から先に進むも良いでしょう。狂気の門を通ることが御出来になられましたら、シェオゴラス王への御目通りも適うやもしれません」
「あなたの言う扉、とやらを潜ったらどうなるのかしら?」
「それは誰に分かると言うのでしょう?何時だって選択肢は複数あるものです。その意味ではこの狂気の国でさえ同じです。ご自身の事は自分で決める意外にありません」
どうするかは完全にわたしの気持ち一つだと言うとそれっきり沈黙した。
…メトロノームのリズムを刻む音だけがかちこちと響き、耳障りだ。
ハスキルはただわたしの決断をじっと待っている。
何でだろう。ここに来てからと言うもの…何だかいらいらする。落ち着かない。心がささくれ立つ。
ハスキルの慇懃な態度、メトロノームの立てる規則正しいリズム、何もかもがわたしの心を波立てる。
狂気を司ると言うシェオゴラスの術中に既に嵌ってしまったのかしら?
だとしたら…恐ろしい。
「良いわ。先に進む」
「ふむ、心変わりはありませんか?とても緊張なさってるようですが」
緊張…?それはちょっと違う気がする。どちらかと言うと焦燥感。居ても立ってもいられない、そんな気分だ。
「変わらないわ。もう決めたもの」
「良い事です。王もきっとお喜びになるでしょう。この先、狂気の門を通ることになりますが、門番にはご注意を。王国に近付く余所者が大嫌いなのでございます。では良い旅を」
にこやかな笑顔で満足したようにハスキルは席を立つ。
すると…今まで薄暗かった部屋の壁が突如崩れ…いや弾け飛び…その破片は無数の蝶となって飛び去ってしまった…
「きれい…」
余りの光景に目を奪われる。
壁はすべて蝶となりどこかに行ってしまった。
わたしは丘の上に置かれたテーブルにぽつんと残される。
「さて、と。それじゃ行くとしますか」
わたしも席を立ち…丘から降りる坂道に沿って歩き始めた。
別に頼まれたわけでもないんだけど、何となく今回の顛末を宿の親父さんに話す。
「そうか…あの幽霊にそんな過去があったんだな。でも無事成仏できたみたいだし、良かったよ」
幽霊の事も一件落着。また明日からは薬の行商を再開しよう、そう思っていたんだけど…。
「そう言えばあんた、知ってるかい?最近ブラヴィルの近くには幽霊以外にも変な物が突然現れたんだ」
親父さんが言うには湖の沖に大きな顔の彫像が乗った浮島が突然現れたと言う。
「面白い、と言うかかなり珍しい物だからあんたも一度見てみると良いよ」
確かにヘンな物みたいね。
出発の前にちょっと見てみようかしら。
そして翌朝、何時もより少し早めに出発してブラヴィルの沖まで船を借りて漕ぎ出す。
…なにこれ?
小さな島に確かに人の顔を彫刻した岩が鎮座している。

それにしてもこの島は一体何なのかしら?
生えてる植物はどれも見たことも無い物ばかり。
それに顔の彫刻の口の部分からはマジカの光が溢れるように迸っている。
とても自然の産物じゃなさそうね。
ブラヴィルの伯爵が警戒しているのか、警備の衛兵が派遣されているけど…衛兵にどうこうできる代物にも見えない。
わたしが手近なところに生えている植物をしげしげと観察していると…
「また来たか!」
衛兵が突如剣を抜く。
何か出てくる!?
「馬鹿な!正気じゃない!何でだ!?何かの間違いだ!あり得ない!俺に近付くな!戻るもんか!皆殺しだ!お前ら全員死ぬんだ!」
マジカの光で溢れる彫刻の口の所から一人の男が吐き出される。
そして取り乱したように騒ぎ始め…ナイフを抜くと暴れ出した!
これは一体何事!?
わたしも急な事に呆然と成り行きを見守るしか出来ない。
結局錯乱した男は衛兵に切り捨てられてしまった。
「一体…何なの?」
わたしの口から無意識に言葉がこぼれる。
「これが何なのかは分からんが…中に入った奴は皆おかしくなって帰ってくる。近付かん方が良いぞ」
衛兵はわたし呟きを聞いてかそう忠告する。
「役立たずのクズめ!使えない常命の肉め!…だがよく頑張ったぞ。奴の死は残念だが諦めろ。そして王者を連れてこい!敵を切り裂くのだ!」
突然顔の彫刻が大きな声で喋り出す!
「常命の王者が敵のはらわたの海を駆け抜けよう!ほら、入ってこい。今のアイルズは最高だぞ?」
わたしはその声に誘われるようにふらふらと…顔に近付いてしまう。
その様子を見て衛兵は嘆息する。
「棺桶に片足を突っ込んだか…止めはしない。帰ってきたときのゴミ掃除は…任せておけ」
それだけ言うとうんざりとしたように俯いた。
わたしは朦朧とした意識のまま、口の中に踏み込んだ。
はっ、と意識を取り戻した時にはそこはかなり薄暗い部屋の中だった。
その部屋にはテーブルがあり、メトロノームがかちこちとリズムを刻む。
「お掛け下さい」
テーブルの向こう側には品の良い初老の男性が一人。そして無表情でわたしに椅子を勧める。
部屋を見回しても薄暗くて何も見えない。仕方ないので老人の勧めに従って椅子に腰かける。
「あの顔は一体何ですか?」
わたしが問いかけるとそこで老人に初めて表情が生まれる。
「おぉ!中に入ってくるとは!全くもって驚きました!」
突然素っ頓狂な声を出されてわたしはちょっといらだつ。
「貴方は一体何者?」
「これは、これは。申し遅れました。私めはハスキル。シェオゴラス王に使える執事にございます」
「シェオゴラス?デイドラ王十六柱の一人の、あの?」
「左様にございます。そしてここは王の支配するシヴァリングアイルズ、狂気の皇帝たるシェオゴラス様の世界が広がっております」
つまりあの顔はオブリビオンゲートだった、ってことか。
デイゴンの世界、デッドランドに繫がるゲートとは見た目がまったく違うのね。
「でも何でまたタムリエルにゲートを開いたの?」
「我が君がそう望まれるからでございます。決め事は違えておりませんゆえ、ムンダスに何ら危険はございません」
ムンダスって言うのはタムリエルを含むわたし達の住む世界の事だ。
でもこうも容易くゲートを開かれる、と言うことはやはりドラゴンファイアが消えてしまったことが原因なんだろうな。
マーティンやジョフリーがあれこれ手を尽くしているのだろうけど、こうやってオブリビオン次元からの接触が後を絶たないところを見るに、まだ解決しそうもないわね。
わたしがそんなことをぼんやりと考えていることも意に介さずハスキルは続ける。
「あれは扉であり、招待状でございます。見たとおりに受け入れて頂ければ、と」
「招待状ですって?じゃぁシェオゴラスはわたしや、あのゲートをくぐった人に何を望んでるの?」
「分かりかねます。我が君は常命の王者を求めておいでです。その真意が何であるか、王の御心を推し量ることなど…ただ貴女様は自らの選択でここに来られたのです。呼ばれたわけではありません」
一々分かりにくい言葉を使ってくるわね。
シェオゴラスは常命の王者…つまり人間の強者を求めていると言うのに、入ってくる人は自分の意志で勝手に入ってきていると言う。
しかもあのゲートは「招待状」だと言っているのに、だ。
まったく相手の目的や真意が見えてこない。何がしたいのか、入って来た人にどうしてほしいのか。
「決定するのは貴女様にございます。踵を返し立ち去るも良いでしょう。ここで過ごした時間が人生に悪影響を及ぼすことは皆無でございましょう」
うさんくさい。ゲートの外で衛兵に斬られた男は完全に錯乱していた。
恐らくシェオゴラス…狂気の王の世界に触れたことで何かが変わってしまったんじゃなかろうか。
怪訝な眼差しを向けるわたし等目に入らぬと言わんばかりにハスキルは言葉を続ける。
「または私めが開く扉から先に進むも良いでしょう。狂気の門を通ることが御出来になられましたら、シェオゴラス王への御目通りも適うやもしれません」
「あなたの言う扉、とやらを潜ったらどうなるのかしら?」
「それは誰に分かると言うのでしょう?何時だって選択肢は複数あるものです。その意味ではこの狂気の国でさえ同じです。ご自身の事は自分で決める意外にありません」
どうするかは完全にわたしの気持ち一つだと言うとそれっきり沈黙した。
…メトロノームのリズムを刻む音だけがかちこちと響き、耳障りだ。
ハスキルはただわたしの決断をじっと待っている。
何でだろう。ここに来てからと言うもの…何だかいらいらする。落ち着かない。心がささくれ立つ。
ハスキルの慇懃な態度、メトロノームの立てる規則正しいリズム、何もかもがわたしの心を波立てる。
狂気を司ると言うシェオゴラスの術中に既に嵌ってしまったのかしら?
だとしたら…恐ろしい。
「良いわ。先に進む」
「ふむ、心変わりはありませんか?とても緊張なさってるようですが」
緊張…?それはちょっと違う気がする。どちらかと言うと焦燥感。居ても立ってもいられない、そんな気分だ。
「変わらないわ。もう決めたもの」
「良い事です。王もきっとお喜びになるでしょう。この先、狂気の門を通ることになりますが、門番にはご注意を。王国に近付く余所者が大嫌いなのでございます。では良い旅を」
にこやかな笑顔で満足したようにハスキルは席を立つ。
すると…今まで薄暗かった部屋の壁が突如崩れ…いや弾け飛び…その破片は無数の蝶となって飛び去ってしまった…

「きれい…」
余りの光景に目を奪われる。
壁はすべて蝶となりどこかに行ってしまった。
わたしは丘の上に置かれたテーブルにぽつんと残される。
「さて、と。それじゃ行くとしますか」
わたしも席を立ち…丘から降りる坂道に沿って歩き始めた。