のんびりと一休みするために宿の扉を潜る。
食堂はかなりの盛況で、賑やかな談笑が聞こえる。
わたしは一室を借りようと親父さんに話しかけようとしたその時、談笑に混じってとある単語を耳にした。
幽霊。
今時幽霊なんて珍しくも無いだろうに。
でも呪術師と言う職業柄、その手の話には耳を傾けてしまう。
どうもこのブラヴィルの近くでは毎夜幽霊の出る場所があるようね。
宿を借りるついでに親父さんに今しがた聞いたばかりの幽霊について尋ねてみると、どうもかなり昔から見かけられているものらしい。
わたしは部屋で一休みして、日が落ちた頃に出かける。
その幽霊とやらを見てみようかしらね。
聞いた話では何かを探しているのか、幽霊はずっと湖の沖の方を見ていると言う。
…お、本当に居るわね。
わたしは街から街の移動は日のあるうちにやってるから、今まで散々通った辺りだったけどこんな幽霊が出るなんて全然知らなかったわ。
しかしこんなところで何してるのかしらね?
噂通り湖の沖を熱心に見ている。それ以外には特に何かするようでもない。
湖で溺れた人の霊かしら?
特に悪霊と言う雰囲気でもないので成仏させてあげようと思い、幽霊に近付く。
すると幽霊は突如歩き始めた。
わたしに気付いたわけでもなさそうだけど、湖の畔に沿って歩き…ついには湖が川に繫がるニベン湾の辺りまで来てしまった。
随分と遠くまで来たわねぇ。
歩き疲れたわたしはそろそろ宿に帰ろうかと思ったその時だった。
幽霊は突如振り向いて
「俺はかつてグランサムと呼ばれていた…そこに居る人…豹の口で俺を探してくれ…俺を解放してくれ…」
それだけ言うとまたニベン湾の向こう岸を見つめる。
わたしが何か話しかけても全く反応してくれない。
取り敢えずこの人は”豹の口”とやらに囚われているせいで成仏できない、と言うことは分かったけど…。
それ以上のことを話してくれないんじゃ何ともしようが無い。
わたしはブラヴィルの宿に戻り、翌朝親父さんに昨夜のことを話してみた。
「…ってことなんだけど、豹の口、って何の事かしら?」
「グランサムってのは知らないけど、豹の口ならわかるよ」
昨夜幽霊が辿り着いたニベン湾の入り口にはかなり鋭い岩礁があるらしい。
間違って船が座礁でもしようものなら船が真っ二つになるほどのものらしい。
そんなわけで、その鋭い岩礁がまるで肉食獣の牙の様だったことから、豹の口と呼ばれるようになったんだとか。
つまりあの辺りに難破船があるかもしれない、ってことか。
わたしは改めてニベン湾こと豹の口に出向く。
幽霊は向こう岸の方を見てたわね。
…かなり遠回りになるけどレヤウィンを経由して向こう側に行くしかないわね。
この辺りには橋も渡し船も何も無いし。
レヤウィンで更に一泊して豹の口の対岸までやってきた。
…確かに難破船があるわね。
わたしは大穴の空いた船倉から船に入る。
そして後悔した。
好奇心は猫をも殺す、とはよく言ったもので、船の中には難破した時に亡くなっただろう船員の幽霊がそこかしこに漂っていた。
ただの浮遊霊なら別に気にならなかったんだけど、あろうことかここの霊は憎悪の念を纏っていたからさぁ大変。
わたしに気付いた悪霊が群がる様に押し寄せてくる。
………
……
…
…あぁ、疲れた…。
もうどれだけ除霊したことか。
漸く船の中も静かになったので、改めて探索を始める。
まずは上の方から。
甲板には出れそうも無かったので、船室を順番に見て回る。
もうあちこちぼろぼろ。
何時頃難破したのか知らないけど、多分何十年も前の事なのかもしれない。
そんな中で航海日誌らしきものを見付けた。
試しにぱらぱらとページをめくってみると、所々まだ読める部分がある。
…どうもこの船では船員による反乱があったようね。
反乱は程なく収まったんだけど、折悪く嵐にも見舞われ、反乱による混乱もあり船の操縦に失敗して豹の口の餌食になった…ってところかしら?
だからあんなに悪霊だらけだったのね。
普通に座礁しただけならあそこまで憎悪を抱くことなんて無いはずだし。
それはともかくグランサムだ。
少なくとも彼は悪意に支配されることなく船の外に居た。そして解放してくれと言っていた。
わたしは順に下の方まで探索の手を伸ばす。
船底の柱には白骨になった遺体が手錠で繋ぎ留められていた。
そしてその鍵は船底に留まっていた悪霊が持っていた。
ばちん、と音を立てて手錠が外れ、白骨死体はその場に崩れ落ちる。
「ありがとう…」
それと同時にわたしの背後にはグランサムの霊が現れる。
「何時か、勇気ある者が俺の魂を解き放ってくれると…それだけを願って今まで留まっていた。これで…やっと逝ける」
グランサムは安堵すると、自分の白骨死体の後ろを指差す。
「そこに地図があるはずだ。俺からのせめてもの感謝の気持ちだ」
そこまで言うとグランサムは成仏した。
わたしは指差された辺りを探ってみると、手書きの地図があり…何か印が付けられていた。
「これは…どこらへんかしら?」
どうも川の畔みたいだけど…手持ちの地図と見比べてそれらしい所にあたりをつける。
印は川の真ん中に付いてると言うことは…川の中かしら?
辺りに誰も居ないことを確認すると、わたしは服を脱いで川に潜る。
何度か川面と川底を行ったり来たりして…。
…あった!
頑丈そうな箱が一つ沈めてあり、その中には貴金属や宝石が収められていた。
これがお礼ってことね。
わたしは成仏したグランサムに改めて祈りを捧げるとその場を後にした。
食堂はかなりの盛況で、賑やかな談笑が聞こえる。
わたしは一室を借りようと親父さんに話しかけようとしたその時、談笑に混じってとある単語を耳にした。
幽霊。
今時幽霊なんて珍しくも無いだろうに。
でも呪術師と言う職業柄、その手の話には耳を傾けてしまう。
どうもこのブラヴィルの近くでは毎夜幽霊の出る場所があるようね。
宿を借りるついでに親父さんに今しがた聞いたばかりの幽霊について尋ねてみると、どうもかなり昔から見かけられているものらしい。
わたしは部屋で一休みして、日が落ちた頃に出かける。
その幽霊とやらを見てみようかしらね。
聞いた話では何かを探しているのか、幽霊はずっと湖の沖の方を見ていると言う。
…お、本当に居るわね。
わたしは街から街の移動は日のあるうちにやってるから、今まで散々通った辺りだったけどこんな幽霊が出るなんて全然知らなかったわ。
しかしこんなところで何してるのかしらね?
噂通り湖の沖を熱心に見ている。それ以外には特に何かするようでもない。
湖で溺れた人の霊かしら?
特に悪霊と言う雰囲気でもないので成仏させてあげようと思い、幽霊に近付く。
すると幽霊は突如歩き始めた。
わたしに気付いたわけでもなさそうだけど、湖の畔に沿って歩き…ついには湖が川に繫がるニベン湾の辺りまで来てしまった。
随分と遠くまで来たわねぇ。
歩き疲れたわたしはそろそろ宿に帰ろうかと思ったその時だった。
幽霊は突如振り向いて
「俺はかつてグランサムと呼ばれていた…そこに居る人…豹の口で俺を探してくれ…俺を解放してくれ…」
それだけ言うとまたニベン湾の向こう岸を見つめる。

わたしが何か話しかけても全く反応してくれない。
取り敢えずこの人は”豹の口”とやらに囚われているせいで成仏できない、と言うことは分かったけど…。
それ以上のことを話してくれないんじゃ何ともしようが無い。
わたしはブラヴィルの宿に戻り、翌朝親父さんに昨夜のことを話してみた。
「…ってことなんだけど、豹の口、って何の事かしら?」
「グランサムってのは知らないけど、豹の口ならわかるよ」
昨夜幽霊が辿り着いたニベン湾の入り口にはかなり鋭い岩礁があるらしい。
間違って船が座礁でもしようものなら船が真っ二つになるほどのものらしい。
そんなわけで、その鋭い岩礁がまるで肉食獣の牙の様だったことから、豹の口と呼ばれるようになったんだとか。
つまりあの辺りに難破船があるかもしれない、ってことか。
わたしは改めてニベン湾こと豹の口に出向く。
幽霊は向こう岸の方を見てたわね。
…かなり遠回りになるけどレヤウィンを経由して向こう側に行くしかないわね。
この辺りには橋も渡し船も何も無いし。
レヤウィンで更に一泊して豹の口の対岸までやってきた。
…確かに難破船があるわね。
わたしは大穴の空いた船倉から船に入る。
そして後悔した。
好奇心は猫をも殺す、とはよく言ったもので、船の中には難破した時に亡くなっただろう船員の幽霊がそこかしこに漂っていた。
ただの浮遊霊なら別に気にならなかったんだけど、あろうことかここの霊は憎悪の念を纏っていたからさぁ大変。
わたしに気付いた悪霊が群がる様に押し寄せてくる。
………
……
…
…あぁ、疲れた…。
もうどれだけ除霊したことか。
漸く船の中も静かになったので、改めて探索を始める。
まずは上の方から。
甲板には出れそうも無かったので、船室を順番に見て回る。
もうあちこちぼろぼろ。
何時頃難破したのか知らないけど、多分何十年も前の事なのかもしれない。
そんな中で航海日誌らしきものを見付けた。
試しにぱらぱらとページをめくってみると、所々まだ読める部分がある。
…どうもこの船では船員による反乱があったようね。
反乱は程なく収まったんだけど、折悪く嵐にも見舞われ、反乱による混乱もあり船の操縦に失敗して豹の口の餌食になった…ってところかしら?
だからあんなに悪霊だらけだったのね。
普通に座礁しただけならあそこまで憎悪を抱くことなんて無いはずだし。
それはともかくグランサムだ。
少なくとも彼は悪意に支配されることなく船の外に居た。そして解放してくれと言っていた。
わたしは順に下の方まで探索の手を伸ばす。
船底の柱には白骨になった遺体が手錠で繋ぎ留められていた。
そしてその鍵は船底に留まっていた悪霊が持っていた。
ばちん、と音を立てて手錠が外れ、白骨死体はその場に崩れ落ちる。
「ありがとう…」
それと同時にわたしの背後にはグランサムの霊が現れる。
「何時か、勇気ある者が俺の魂を解き放ってくれると…それだけを願って今まで留まっていた。これで…やっと逝ける」
グランサムは安堵すると、自分の白骨死体の後ろを指差す。
「そこに地図があるはずだ。俺からのせめてもの感謝の気持ちだ」
そこまで言うとグランサムは成仏した。
わたしは指差された辺りを探ってみると、手書きの地図があり…何か印が付けられていた。
「これは…どこらへんかしら?」
どうも川の畔みたいだけど…手持ちの地図と見比べてそれらしい所にあたりをつける。
印は川の真ん中に付いてると言うことは…川の中かしら?
辺りに誰も居ないことを確認すると、わたしは服を脱いで川に潜る。
何度か川面と川底を行ったり来たりして…。
…あった!
頑丈そうな箱が一つ沈めてあり、その中には貴金属や宝石が収められていた。
これがお礼ってことね。
わたしは成仏したグランサムに改めて祈りを捧げるとその場を後にした。