「レックスに引導を渡す時が来たよ」
スクリーヴァが牙を剥いて獰猛な笑みを作る。
何だか最近妙に呼び出される頻度が高いわね。
わたしのギルド内での立場が上がれば、それだけわたしの意思も反映されるかと思いきや、今回の指令はグレイフォックスからのものだと言う。
何だか何時までたっても誰かに使い倒されてるような気がしてならない。

「まぁ引導を渡す、と言っても殺すわけじゃないからね。奴を帝都から追い出すんだ」
今回はレックス隊長を左遷させるのが目的か。
今アンヴィルでは新任の衛兵隊長を誰にするか、ってことで帝都の衛兵隊から候補者の一覧を取り寄せたらしい。
その一覧の中身をレックス隊長推しのものと差し替えるのが今回の仕事だ。

その一覧自体はもうアンヴィルに届いてるんだけど、どうも執事が隠し持って伯爵夫人に見せないようにしているらしい。
何でそんなことをするのかしら?
「とにかくこれは好機だよ。グレイフォックスは理由は不明だけどアンブラノクス家、つまりアンヴィルの伯爵家だね。これを手厚く保護している」
レックスは帝都に居られるとギルドの目の上のたんこぶだけど、あの忠誠心や正義感は伯爵夫人の護衛にうってつけ、と見立ててるそうな。

「で一覧を取ってくるのは良いけど、文書の偽造はどうすれば?」
「そこはお前さんに任せるよ。少なくともここブラヴィルにはそう言う事ができるのはいないんだ」
それは困った話ね。わたしだってそんなの出来ない。
ともかく一覧を手に入れるだけはやっておくか。
何で執事がそんなものを握りつぶしてるのかは知らないけど、公式文書を隠してるんだからどうせロクな理由じゃないだろう。

わたしは当てもないままアンヴィルへと向かう。
そう言えばアンヴィルって始めて来るわね。
行商のルートには入れてないし、あまりに遠いのもわたしを遠ざけている原因になっている。
話に聞くだけなら綺麗な港町だと言われているけど、どんなものやら。
スキングラードからクヴァッチの前を通り過ぎ…クヴァッチの再建はまだまだ先の事みたいね。
全然後始末すら始まっていない。
それはともかく黄金街道に沿って旅を続ける。
…ほんっとうに遠いわね。
途中宿場で宿をとったりで漸くアンヴィルが見えてきた。
頃合いは夕暮れ時。
夕日の赤に照らされて海も街並みも朱に染まる。
初めてのアンヴィル 
「わぁ…」
中々良い雰囲気じゃない。レヤウィンも海に面してるけど、こう言う如何にも海って感じじゃないのよね。
あっちは森って雰囲気が強すぎるので、潮の香りよりも草いきれの方が強いくらいだ。

まぁあんまりここで景色を見てばかりもいられない。
時間も時間なので、アンヴィルに入るなり宿を取る。
一覧は執事が持ってるってことは恐らくお城に忍び込むことになるのよねぇ…。
これでお城に忍び込むのも三回目、かな?
我ながら随分と危険な橋を渡ってるものね。

そして翌朝。
とにかく始めて来た街だから、どこに何があるのかも分からないので、物乞いと接触を図る。
「すまねぇ、流石に城には入ったことないから中の事はわかんねぇが…城付きの鍛冶屋を訪ねてみな」
鍛冶屋?なんでまた?
わたしは取り敢えず城に入ると鍛冶場を訪ねる。
「あんたが連絡のあったメンバーか」
訳知り顔でわたしを鍛冶場の奥に招く。
鍛冶屋も盗賊ギルドの一員だったのか。
「ここから居住区にある執事の部屋の目の前に抜けられる。後はあんた次第だ」

わたしは暗視の霊薬を煽ると薄暗い通路に忍び込んだ。
スキングラードのお城もそうだったけど、日中はあまり城内に警備がいない。
わたしは拍子抜けする程あっさりと執事の部屋で厳重に保管されていた一覧を手にする。
ちょっと中を覗いてみたけど、レックス隊長の評価はかなり低いみたいね。何でも猛進な性格で盲信が酷いと言う評価を受けていた。
何これダジャレ?まぁ言いえて妙な表現だとわたしも思うけど。
まぁそれはともかくあとはこれを偽造しないといけないんだけど…。
駄目もとで物乞いに心当たりが無いか聞いてみる。

「あの人ならできるかもな。”見知らぬ者”って名乗ってる奴がいるんだ」
”見知らぬ者”?…それを自称してるのか…何だか中二病の気配がするわね。
何でも昼間はどこに行ってるのか分からないけど、夜になると帰ってくると言う。
その人に賭けるしかないか。
わたしはとっぷりと日が沈んだ後に話に聞いた”見知らぬ者”を訪ねる。
「俺に近付くと怪我するぞ」
…本物だわ。
初対面の人にいきなりこの発言…本物じゃなければ出来ることじゃない。
見た目はもういい年のおじさんなんだけどね。

とにかく文書の偽造だ。
「ふむ、これをレックスを強く推す文に書き換えるんだな…出来るだろう」
代金は偽造文書と引き換えで、明日の夜には出来るらしい。
「それじゃお願いするわね」
わたしは”見知らぬ者”と別れると宿に戻った。
出来上がりは明日の夜か。となると明日は一日ゆっくりできるわね。
折角の初アンヴィルだし、ちょっと散歩がてら見て回ろうかな。