「んぁ?…もう朝?」
寝ぼけ眼で体を起こす。
何だか落ち着かないわね。
夢が丁度盛り上がってくる辺りで目が覚めたせいか、気になってしょうがない。
ロロンちゃんは無事助けられるのかしら?

わたしは身支度を整えると宿を出る。
目指しているのはブラヴィル。
何せこの前レヤウィンのお城で大変なことになってしまった。
多分何がしかの罪状が付いて科料が課されている事だろう。それを裏で揉み消して貰わないと。

「お、丁度良いところに来てくれたね」
スクリーヴァがわたしを見るなり何かを閃いたような顔をする。
反面わたしはまずい時に来たと言う顔になる。
「レヤウィンでちょっとまずいことになったので、揉み消してもらいたいんだけど」
「その話は後だよ。今帝都でかなりヤバい事になってるんだ」
何でもまた帝都の波止場区で衛兵隊が捜索を始めたと言う。
今回の目標はアーマンドではなく、グレイフォックスその人だ。
かなり大規模な操作網が敷かれ、盗賊ギルドの活動もままならないと言う。
「罪状を揉み消すなんて余裕は無いんだ」

…何と言う巡り合わせの悪さか。
このまま事を放置すれば盗賊ギルドは無事壊滅するだろう。
でもそうなるとわたしに掛かった科料はそのまま残り、以降お尋ね者として生きていく事になる。
どうする?わたしは一瞬の内にあれこれと考える。
結局わたしは盗賊ギルドを救うことになってしまった。
ギルドは消滅しなくても地位さえ確保できれば何とかなりそうだけど、一度付いた罪状を揉み消すのは盗賊ギルドしか出来ない。
まったくままならない世の中ね。

わたしはそのまま帝都に足を延ばし、メスレデルと連絡を取る。
「良かった。アンタも無事だったみたいだね。アーマンドはまた自宅で軟禁状態さ」
帝都の現状を手短に教えてもらう。
またあのレックス隊長が指揮を執って波止場区を完全に包囲、ギルドの活動は抑え込まれている。

「そこで今回の計画だ」
メスレデルがこんな状況にも関わらず、にやりと笑う。
今衛兵のほとんどが波止場区に集まっている。つまりそこ以外はまったく警備が居ない。
その隙を突いてあちこちでかなり大物を狙った盗みを実行する。
「そうすればその”あちこち”から苦情が来て警備の人員を戻さざるを得ない、って寸法さ」
その派手な盗みの一つをわたしにやってもらいたいと言うのだ。
「アンタはアルケイン大学に行ってくれないか。アークメイジの部屋にあるフローミルの氷杖が今回のお宝さ」
何と言うか一番行きたくない所を指定されたわね。
これでもわたしだって魔術師ギルドの錬金術師だ。後でヘンな揉め事にならなければ良いけど…。

杖の外観やアークメイジの生活サイクルは事前に調査済みらしく、一通りの事は教えて貰えた。
「そしてこいつが重要だよ」
そう言うと一枚のメモを取り出す。
「こいつをアークメイジの目に付くところに置いてきてくれ」
内容は衛兵隊に向けた挑発文、とでも言おうか。

さて、予定の時間だ。
わたしはアルケイン大学のエントランスに入る。
ここまでは誰でも何時でも入れる部分。
転移の魔法陣を介して入るその奥は大学でも限られた地位の物しか立ち入りを許されていない。
はぁ…初めての大学がこんな入り方だなんてないわよ。
ちゃんと呪術師として堂々と入りたかったな。
今は本当に警備の衛兵が一人もいないので、侵入は簡単。そして目的の杖も…部屋に無造作に置かれていた。
真っ白な綺麗な杖。
フローミルの杖 
わたしは杖の有った場所にあのメモを代わりに置いてその場を後にした。

「上手く行ったみたいだね。良し…これで仕込みは終わったわ」
方々から集められたお宝がずらりと並ぶ様は流石に圧巻ね。
「あとは待つだけなんだけど、アンタにはもうちょっとお願いがあるんだ。奴らが引き上げるのを見届けてくれないかい?」
あまり帝都に居ないわたしなら盗賊ギルドの関係者と気付かれることも無いだろうとメスレデルは言う。
今は真夜中…って事は今日も徹夜になりそうね。
まったく何だか最近生活リズムが乱れていけないわ。

波止場区で衛兵の動きを探る事数時間。そろそろ夜明けだろうか?
ん?何だかヘンなのが居る。
…ドレモラ!?何でこんな所に?
と思ったらそのドレモラはレックス隊長に手紙を渡すとそのまま消滅した。
…何だ、誰かの使い魔か…脅かさないでよね。
受け取った手紙を見たレックス隊長は「くそっ」と毒吐くと手紙を地面に叩きつける。
「撤収だ!」
憎々しげに号令を出すと衛兵を従えて引き上げて行った。
どうも手紙は魔術師ギルドからの抗議文だったようね。

これで一件落着か、と思ったんだけど…。
「上手く行ってくれたわね。じゃぁ最後の仕上げだ」
そう言うとメスレデルはわたしの持ってきたフローミルの氷杖を寄越す。
「そいつを返しておしまいだよ。盗賊ギルドの誠意の証として、ね」
「返すって?」
これを持ってのこのこと大学に行けと言うのか?
わたしの不安な表情を見取ってメスレデルが続ける。
「返すのは大学の元研究員の家で良いよ。そうすれば自然と大学に杖は戻るだろうさ」

「メスレデルから連絡は受けてるよ。良くやってくれたね」
杖を研究員の家に置いて、そのままブラヴィルに戻る。
スクリーヴァは事態が収まったことにご満悦のようだ。
わたしに手間賃としてかなりの額を受け取り、漸く罪状も揉み消してもらえた。
「あぁ…疲れた…もう眠い…」
帝都から歩き詰めで頃合いはもう夕暮れだ。わたしは宿に直行して眠りに落ちた。