「あぁ…どっと疲れたわ」
わたしはサングインの祠を離れスキングラードへ。
いつもは安宿を使っているんだけど、レヤウィンから夜通し歩いてくたくただったので、今日は門から近い高級宿を使うことにした。

荷物の整理も後回しにしてベッドに倒れ込む。
わたしはそのまま夢も見ないような深い眠りに落ちるはずだった。
「あら?」
わたしは雨の降る草原に立っていた。
何でこんなところにいるんだろう?
わたしは雨を凌げる場所を探して歩き出す…が、唐突に二足歩行の齧歯目に襲われた!

「一体何なの!?」
わたしは咄嗟に弓を取ろうとしたんだけど、何故か持っていたのは一振りの剣だった。
他に武器らしいものも無いのでやむなく剣を抜き齧歯目と取っ組み合いになる。
「はぁ…疲れた」
そうか、そう言えばわたしはスキングラードの宿で休んでるんだっけ。ってことはこれは夢なのか。
全く疲れる夢なんてみないでよ、わたし。
夢の中でまで疲労困憊になって前のめりに倒れ込む。
雨がわたしに降りかかり、戦闘で火照った体を冷やしていく。
そのまま眠りそうになった時、誰かが話しかけてきた。

「ごめんなさい。ここしか無かったのです」
一体何の話?何時の間に現れたのか、侍女の姿をした女の子…見た感じまだ子供みたいに見えるその子はわたしに歩み寄ると肩を貸してくれた。
わたしより小柄みたいだけど、結構力あるのね。
半ば意識の無いわたしを引きずってどこかに連れて行こうとする。
「貴女はまだ生まれ変わったばかり…転生には過度の負担がかかるので、今は思うように動けないかと思います」
わけはさっぱり分からないけど、まぁ夢の中みたいだし…マァリンと名乗る少女の話を聞き流す。

何やら騒がしいわね。
わたしが目を覚ますと、どこかの部屋。そして三人いて何か口論してるようだった。
「この腰抜け親父が!」
何やら若い男が激昂して部屋を飛び出す。
腰抜け親父と呼ばれた男は…何者かしら?さっきの若い男とは似ても似つかない、と言うか人間じゃないわよね?
わたしのお腹あたりだろうか?その位の小さな身の丈に、一番目を引く特徴は…犬の様な耳…おとぎ話に聞くホビットでは無さそう…。

「お?目を覚ましたようだな」
犬耳のおじさんがわたしに気付いて声をかけてくる。
「どうだ?痛むところは無いか?」
「えぇ、大丈夫みたい」
そして今まで無言を通していた、あの侍女姿の女の子、マァリンと言ったか…その子も居る。
「良く休めましたか?」
「あなたがここに運んでくれたの?お蔭様で動けるくらいにはなったわ」
そう答えると、それは何よりです。と素っ気なく返してきた。

そして犬耳おじさんは溜息を一つ。
「まったくあの糞餓鬼ときたら…」
さっきの若者のことだろう。何やら揉めてたみたいだけど。
「どうかしたの?」
「ん?あぁ、うちの娘が薬草を取りに行ったきり戻らないんだがな…それを探しに行くかどうかで揉めてな」
「心配じゃないの?」
「そりゃ心配だがな。何せ場所が悪い…あそこには行くなと何度も言って聞かせていると言うのにあの馬鹿娘め」
「…光里に事情を伝えて下さい。お力になれると思います」
「何だと?…よもや金目当てじゃあるまいな?」
「こちらの目的が何でも良いでしょう?こちらはその娘を助ける必要があり、そちらも娘に助かってほしい、違いますか?」
「…まぁよかろう」
そう言うとボーノンを名乗る犬耳おじさんは現状を教えてくれた。別にわたしは興味なかったんだけど…。

まぁ単純な話、怪物の出る谷に薬草を摘みに行った娘さんが帰ってこない。ただそれだけの事なんだけど。
それでさっきの若者が助けに行こうと飛び出していったってことか。
化け物がどんなものか分からないけど、このおじさんをみるに体格はかなり小さいから、荒事には向かないだろう。
それでやむなく娘さんを諦めようと思っていたようだけど…。
「では光里。準備を済ませて谷に向かって下さい」
「は?」
マァリンがもはや決まった事と言わんばかりに言い切る。
「すまぬ。力を貸してもらえると助かる」
おじさんも便乗して頼み込んでくる。
はぁ…何でこうなるかなぁ

わたしはベッドから出ると身支度を整える。…とは言っても準備はマァリンがほとんど済ませていた。
しかしこの子一体何者かしら?やたらと色々便利な物を持っている。自分の周囲を自動で映し出す魔法の地図なんて相当の品のはずだ。
色々用立ててもらっておいて何だけど、問題はこの剣だ。自慢じゃないけどわたしは剣があまり得意ではない。
村の交易所に顔を出して弓が売ってないか見てみる…。
…お、小振りなやつだけどあるわね。小型弓だから威力は期待できないけど、剣よりは余程良い。
わたしは弓を買うと谷へと向かった。

「くそ!この!…うわ!?」
サウル 
谷に入って程無くしたところに…あの若者が居た。
何だか大きな羽虫にたかられている。割と危険な状況かしら?
わたしは弓の試し打ちも兼ねて横手から一射!
羽虫が矢に射抜かれて地に落ちる。
それに気付いた若者も助太刀が来たことで士気が上がる。

「はぁ、助かったよ…啖呵切って出てきたは良いけどこの様だ」
サウルと名乗る若者は自分の不甲斐なさに落胆する。そしてわたしに憧れのような視線を向ける。
「あんた、凄いな…女なのにこんなに強いなんて。俺なんて足が竦んじまってる。あんたに任せて退いた方が良いのかな」
「いや、サウルも来てくれないと困るわ」
「え!?…俺なんかが居ても良いのか?足手まといにならないか?」
あまりはっきりと言うのは可哀そうだったので、そこらへんは適当に濁して答える。
本音を言えば…わたしはこれから探さないといけない娘さんのこと、まだロロンと言う名前しか知らない。
だから顔や姿を知ってる人に居て欲しかっただけなんだけどね。
しかしこのサウル君、中々の無茶っぷりだわね。
化け物が出るって聞いてるけど、見た目は革鎧に大振りのナイフ一本しか持ってない。
さっきの羽虫に苦戦してるくらいだから、もう少しそれっぽい恰好させとかないと危ないわね。
わたしはサウルを伴って一旦村に戻ることにした。

「しかし本当にあんた、凄いな…俺強くなりたいんだよ。どうやったらあんたみたいになれるかな?」
やはりこの年頃の若者と言うのは強さに憧れるものらしい。
一応戦いの経験はそこそこあるけど、別にわたしもそんなに強いわけじゃないんだけどね…。
そんなこんなで村まで話しながら歩き、帰ってきた頃には…。
「そうなんだ。凄いな先生は」
何時の間にか先生と呼ばれるようになっていた。
この夢は一体どこに向かっているんだろう?