街でのいざこざは終わり、深夜。
本当は昼の内に下見くらいはしたかったんだけどね。
聖堂の地下にあると言う伯爵夫人の胸像を目指して霊廟に踏み入る。
息を潜めて静かに足を運ぶ。
…確かに誰かいる気配がする。固い皮鎧の衣擦れと足音。
柱の陰で見ていると奥にある霊廟の端から端へ行ったり来たり。
一往復にかかる時間を測り、墓守が離れたところを見計らって滑る様に棺へと歩み寄る。

棺の前に亡き伯爵夫人を忍ぶように置かれた胸像。
これを持って帰れば今回の仕事は終わりだ。
わたしは胸像を頂戴すると一旦近くの柱の陰に身を潜める。
墓守がこちらに戻ってきて…胸像が無くなっている事にも気付かずにまた離れていく。
その隙をついてわたしは霊廟から脱出した。

シェイディンハルでそのまま一泊して昼頃に帝都へと向かう。
受け渡しは何時もの様に深夜のダレロスの庭だ。
日も沈む頃に帝都は波止場区に到着したんだけど、何だか慌ただしい。
やけに大勢の衛兵ががちゃがちゃと鎧を鳴らしながら走り回っている。
アーマンド捜索 
「アーマンドの居場所を知らないか?」
衛兵が居丈高に問い詰めてくる。
「そんなの知るわけないわ」
…馬鹿正直に答える謂れもない。
それにしてもこのままじゃ胸像の受け渡しも出来そうにないわね。

「良かった、ようやく見つかったわ」
かつては因縁のあったあのメスレデルがわたしを物陰に連れ込む。
今ではお互い盗賊ギルドのメンバーとして和解している。
「これは一体何なの?」
「レックスの奴だよ。奴が大々的に盗賊ギルドの捜索を始めたんだ」
それで帝都の盗賊ギルドを取り仕切っているアーマンドを探しているのか。
しかもそのせいで盗賊ギルドは活動を抑え込まれていると言う。
「そこでアンタに頼みがあるんだ」
アーマンドからの伝言だと言ってメスレデルはこの先の事を伝える。

現状ではわたしの盗ってきたこの胸像が、アーマンドによる犯行だと言うことになってるらしい。
それをとある人物に擦り付けてくれと言う。
「で、誰に擦り付けるの?」
「ミヴリーナ・アラーノよ」
ミヴリーナと言えばわたしに盗賊ギルド入会案内の手紙を持ってきたあのダンマーのおばさんか。
確かメスレデルの家の近所だったかしら?
「でも何でまたあのおばさんに?」
「アンタにはちょっと言いにくいんだけど、実は…」
メスレデルが今回の件について色々教えてくれる。
実は胸像を盗んでほしいと言っていたけど、依頼人など初めからおらず、内部の間者を炙り出すことが目的だったと言う。
そしてその間者と言うのが…ミヴリーナ。
そしてミヴリーナに罪を擦り付けて排斥するのが今回の真の目的。
なるほどねぇ。

「でも擦り付けるって言ってもどうすれば良いのよ?」
「まずはあのおばさんの家に胸像を隠してくるんだ。そして…難しいかもしれないけど、レックスに胸像の在り処を密告する…しかないだろうね」
また無茶苦茶な。
…とは言えこのままじゃどうにも埒が明かないのも事実。
取り敢えず胸像を忍ばせてこよう…その後の事はその時に考えることにする。

…とは言ったものの、衛兵が駆けずり回っている中で不法侵入か。先が思いやられるわね。
ミヴリーナの家が視界に入る範囲で住人に混ざってうろうろする。
そして日も落ちかなり暗くなってくる。
これなら行けるか?
暗がりに紛れてミヴリーナの家に近付き、周りを見回し…鍵をこじ開けると忍び込む。
まだ日も暮れたばかりだと言うのにミヴリーナは眠りこけていた。
鍵がかかってるから不在かと思ったら寝てたのか…。
わたしは好都合とばかりに戸棚に胸像を仕込むと家を出た。

さぁて、と…どうやってアレをレックスに見つけさせようか?
……
しばらく考えても妙案は浮かばない。
取り敢えず話しかけるか…その中で道を見出すしかない。
わたしがレックス隊長の近くまで来ると、向こうから話しかけてきた。
「そこのご婦人、アーマンドを見かけなかったか?」
「いいえ?アーマンドさんに何かあったんですか?」
「奴に逮捕令状が出ている」
「まぁ!?一体あの人が何かしたんですか?」
「うむ、シェイディンハルで伯爵夫人を象った胸像を盗んだというのだが、何か知らないか?」
「シェイディンハル伯爵夫人の胸像?おかしいですねぇ?それ見たことありますけど、持ってたのはアーマンドさんじゃありませんでしたよ?」
「…何だと?どこで見た?」
「えぇ、ほらそこのミヴリーナさんのお宅で見せてもらったんですけどね。大層お気に入りの像らしく大切に戸棚に仕舞ってましたよ」
「馬鹿な…本当なのか?だが…彼女はそんな事をするような人には見えなかったが…」
「何だか分かりませんけど、自慢の逸品らしいですから、見せてくれと言えば見せてくれるんじゃないでしょうか?もう言いふらしたくて仕方ないって雰囲気でしたし」
「うぅむ…信じがたいが確認の必要はありそうだな。貴女も同行願えますかな?」

何だか知らないけど上手く行ってくれたみたい。
我ながら良くもここまででっち上げが出来たものだと感心する。話術スキル23しかないのに。
え?話術スキルって何かって?…そう言えば何だろう?まぁつまりわたしは口下手だってことよ。

果たしてミヴリーナ宅の戸棚から本当に胸像が出てきた。
まぁわたしが入れたんだから入ってるのは当たり前。
「この像を盗んだのはお前だと言う情報が提供されたのだが。これはどういうことだ?」
レックスは居丈高に問い詰めると…
「何やってるんだい!盗賊ギルドにあたしのことがばれてるじゃないか!そいつこそが盗賊ギルドのメンバーだよ!」
ミヴリーナは悲鳴をあげる。
「悪いがお前の役目は終わりだ。この耳で聞いたことが確かなら盗人はお前だ。逆にお前が正しいのならお前が送り込んだ間者であることがばれていることになる。…どうであれお前のような奴をいつまでも信用しているとは…まさか思ってないよな?」
「ずっと言うこと聞いてきたじゃないか!アーマンドの動きを逐一報告したじゃないか!なのにぼろ布みたいに捨てようだなんて絶対に許されないよ!?」
レックス隊長の宣言に抗うミヴリーナ。だがレックス隊長は非情にもミヴリーナを胸像の盗人として逮捕してしまった。

そして静かになった波止場区、深夜。いつもの場所でアーマンドと落ち合う。
「お前のお陰でギルド内の不穏分子を排除できたよ。胸像の件は済まなかったな。始めからお前を利用するつもりだった。正直お前がミヴリーナ側の人間か確証が無かったのでな」
そう謝罪すると報酬のお金を渡す。そして…
「次からはブラヴィルのスクリーヴァから指示が行くことになる。挨拶がてら仕事があるか聞いてみるといい」
と言う。どうもアーマンドは新人担当らしい。と言うことはわたしも盗賊ギルド内で評価されつつある、と言うことなのかな。

そして後日。
わたしは盛大な溜息を吐く…。
「あぁぁぁ…何であの時盗賊ギルドを見捨てなかったの?わたし!」
あのまま放置していれば盗賊ギルドは崩壊してたかもしれないのに!
そうすればわたしも晴れて足を洗えたはずなのに!
どうもわたしはその場の勢いに乗せられ易いらしい。千載一遇の好機を自ら潰してしまったようだ。