宝剣も返してさぁ帰ろうと思ったところで伯爵夫人に呼び止められた。
何か頼みがあると言うんだけど…。
「盗まれた剣を取り戻してくれた貴女に頼みたいことがあるのです」
そう切り出した頼みとは…とある絵画の捜索。
伯爵夫人の夫、まぁとどのつまりは伯爵様なんだけど、その肖像画が盗まれてしまったのだと言う。
「宝剣を見付けてくれたそのついでみたいで申し訳ないけど、頼まれて頂けないでしょうか」
わたしは別に探偵でも何でもないただの薬師だけど…貴重な盾を受け取った手前ちょっと断りにくい。
解決できるかどうか分からないけど、と前置きして引き受けることにした。
伯爵夫人から事件の経緯が伝えられる。
当日は部屋に鍵をかけていて出入りできるのは五人。
執事のオロク・グロ=ゴス
伝令官のレイス
衛兵長のピットネル
宮廷魔術師のシャネル
そして雑務と取り仕切るオーグノルフ
伯爵夫人はこの内で特にシャネルとオーグノルフに疑念を抱いてるようだった。
兎にも角にもまずは状況の整理からね。わたしは城内を自由に歩ける許可を特別に貰ったので、あちこちに話を聞きに行ける。
わたしはまず目の前にいる伝令官のレイスに話を聞いてみた。
「私の役目はお客様の対応と玉座から目を離さないことですが、ここ数日オーグノルフの様子がおかしいのです」
レイスはそう切り出すとオーグノルフの事を教えてくれた。
彼は大の酒好きでここ最近は特にその飲み癖が酷いのだと言う。
「最近は周囲の者に酒代を借りることもしばしば。酒代欲しさのあまり…と言うことは無いと思いたいですが」
なるほどねぇ。
そう言う話を聞いたので、次はそのオーグノルフに話を聞く。
「何だって?その日は大広間に居たんだがな。まったく聞いてくれよ。ブラヴィルから配達に来た小僧ときたら…」
何でもその日はかなりの酷い雨だったらしく、そのブラヴィルからの荷がひっくり返ってワインを駄目にしてしまったそうな。
その事で配達人と長い事言い争いになって、小言が終わったらその後は部屋で本を読んでいたと言う。
どこまで本当かは分からない。まだ容疑者は三人いるし、その話を聞いてから判断するしかないわね。
丁度近くを通りかかってくれたので、執事のオロクにも話を聞いておく。
「ふぅむ。あの日はシャネルもオーグノルフも見かけてないな。まぁ何だ。俺自身実は部屋から出てないんだよ。何せ酷い土砂降りの日だったからな」
何時もなら日課の散歩に出かけるところを雨で断念、仕方ないので部屋で読書をしていたと言う。
次に会いに行ったのは衛兵長のピットネル。街では呪いを運ぶ男としても有名な彼だ。まったく呪術師の前で呪いを運ぶなんて良い度胸しているわね。
…まぁどうでも良い事だけど。
「済まないね。あの日の晩は城内にいなかったんだよ。街中を巡回しててね。でも最近気になるのはシャネルが西の塔に入り浸ってることかな。本人は魔法の研究と言ってたけど」
宮廷魔術師のシャネルは何をしているのか知らないけど西の塔に居ることが多いと言う。
わたしからしたら別にどこに居ても良いような気もするけど…。
あまり人が居たらまずいような区画なのかしら?
衛兵長が気にしてるようなので、最後の一人、シャネルに話を聞きに行く。
「あの日?確か城内の中庭で星読みをしていましたよ。その後は大食堂で自作の星図を使って占いの勉強をしてました」
星読みと言うのは占いの一種で、夜空の星の動きで未来を読み取る古来から伝わる割とメジャーな占いだ。
わたしも占いはやるけど、もっぱらカードを使っている。
星読みって案外不便なのよね。夜しかできないし、天気が悪くても出来ないし。
ん?…そう言えばオーグノルフもオロクもその日は雨だったと言ってたような?
わたしはシャネルの言葉に不信を抱くと、彼女に関する情報を思い出しながらまとめてみる。
本人は中庭で星読み、その後は大食堂に行って勉強と言っていた。
あと確かピットネルから良く西の塔に入り浸っていると聞いたわね。
何があるとも思えないけど大食堂を見てみる。
流石にお城の食堂だけあって豪奢な部屋ねぇ。こんなところで食べる食事と言うのはどう言う物なのかしら。
捜査と言うより物珍しさで観光さながらに大食堂を見て回るわたし。
「あら?」
何だか絨毯の一か所が妙に汚れている。食べこぼしとかそう言う汚れじゃないわね。
これは…絵の具?かしら。しかもその汚れは何だか足跡みたいになっている。
誰かが絵の具を踏んでそのまま絨毯の上を歩いたのかしらね?
結局大食堂には特別何かを見出すことは出来なかった。
次は西の塔か。
借りている鍵で塔に入らせてもらう。
どうやらここは倉庫として使われてるみたいね。
色々な物が積み上げられている。もちろんここを通って外に出ることも出来る。
二階部分から順に降りていき、中の様子を伺う。
シャネルはここで何かの研究をしているとピットネルは言っていたけど、それらしい跡は無い。
ただ、地下部分には…まだ描きかけみたいだけど大層立派な絵が一枚。
この前見たライス氏の絵に比べたらちょっと劣るけど、魔法の筆を使ってるライス氏と比べるのはあまりに酷な話。
まったく絵心の無いわたしから見てもかなりの腕前の絵師がいるようね。
でも何で絵が?
そう言えば食堂にも絵の具の足跡があったっけ。
シャネルに関する情報を辿って得られた結果がコレか。
少なくともシャネルは嘘を吐いているみたいだけど…何でかしら?
別に宮廷魔術師が絵を描いちゃいけない、なんてことはないだろうし。やっぱり何かやましいところがある?
わたしはもう一度シャネルに話を聞くべく部屋を訪ねたんだけど、どこかに出ているらしく留守だった。
わたしは何の気なしに机を開いてみると…そこには絵筆や絵の具が仕舞われていた。
やっぱりシャネルは絵を描くんだ。
そこに丁度シャネルが戻ってきた。
「ねぇ?何で絵の事、隠してたの?それに絵が盗まれた日は雨だったらしいんだけど…星読みなんて出来ないわよね?」
わたしの問いかけに言葉を詰まらせる。
そして肩の力がふ、と抜けると溜息を一つ。
「どうやら年貢の納め時ってことみたいね」
シャネルは諦めたのか、全てを話してくれた。
盗まれたと言う伯爵の肖像画を描いたのは他ならぬシャネル本人であること。
そして伯爵に横恋慕していたこと。
自分が描いた肖像画を伯爵夫人が独り占めしていることに不満を抱いていたこと。
そう言った想いが堪え切れなくなって、あの日肖像画を盗んでしまったこと。
そこまで言うとわたしを西の塔の地下に連れて行く。
あの描きかけの絵を剥がすと、そこには肖像画が隠されていた。
「これが真相よ…後は好きになさいな」
この絵を伯爵夫人の渡してシャネルの事を伝えれば全部終わる。
でも…わたしは苦悩した。
わたしにそんな資格があるのか?
わたしだって呪術師としてあまり人様に言えないようなことも結構やっている。そんなわたしが人を裁くなんておこがましくはないか?
それにシャネルの気持ちも、同じ女として…分からないでもない。
同じようなことが起こった時にわたしなら肖像画を諦められるだろうか?
結局わたしは…シャネルを庇うことにした。
「絵は宝剣と同じくどこかの誰かに奪われたのではないでしょうか?既に城内には無いようです」
伯爵夫人にはそう伝える。
「そうでしたか…身内に疑いの目を向けてしまった自分が恥ずかしい限りですわね。肖像画を取り戻した気持ちは変わりませんが、探すのはまたの機会にしましょう」
わたしの報告を信じて、捜査の中断を決めたようだった。
ちょっと心の内にちくりと痛みが残る。
まったく面倒な話に巻き込まれたものだわ。
告発したらしたでやはり心に痛みを伴うだろうし、どっちに転んでもわたしの気持ちは沈むしかない一件だったようね。
わたしは隠し持っていた肖像画をシャネルに返す。
「どうして?」
「さぁ、何でかしらね?」
まさかの結末に驚くシャネル。おどけて誤魔化すわたし。
「なんて嬉しい…もう肖像画も失い、私の人生も終わりだと思ってたけど…」
感激したシャネルは一月くらいしたらまた訪ねてきてほしいと言う。
「私もそんなに裕福じゃないから、大したお礼はできないけどね。せめてものお礼に絵を贈らせてほしいの」
一月くらいかぁ…ま、行商のついでにでも寄れば良いわね。
わたしは城を後にした。
「ふん、まったく貴様ときたらどう言うつもりだ」
城の前で待ち構えていたのは…ファシス。
「宝剣を持ってくるのかと思えば城に返すなぞ…まぁ良い。宝剣の所在ははっきりしたのだからな。また盗み出せば事は足りる」
やっぱりファシスの機嫌を損ねてしまったわね。まぁそれは覚悟の上。
「せいぜい仕事くらいはきちんとこなせよ」
あれこれねちねちと言われるかと思ったけど、ファシスはそれだけ言うとわたしに背を向け、足早に去って行った。
さて、と。どうしようかなぁ…盗賊ギルドと縁を切るのは正直難しそうだけど、盗みを働くのも、ねぇ?
わたしは新たな難問を抱えてコロールを後にした。