ソロニールの一件ですっかり日も暮れてしまったわね。
普段なら帝都の正門にあるワインの美味しいウォーネットと言う宿で部屋を借りているんだけど、今日はちょっと違うところに泊まろうと思う。

最近話題の船宿、フローテッドフロート。
最近開いたこの宿、波止場区にある船を改装したもので当然港に停泊した状態で使われている。
物珍しさもあり、帝都に訪れるとたまにその話題を聞いていたので、以前から興味もあった。

「いらっしゃい!フローテッドフロートへようこそ!」
船長を自称する宿の主人が迎えてくれる。
わたしは料理とワインを頼み、夕食を頂く。
船宿なためか、メニューは魚介料理がほとんどみたいね。
こう言う雰囲気作りは嫌いじゃないわ。

波に揺られながら飲むせいか、ちょっと酔いの回りが早い。
昼の揉め事で疲れもあったし、早めに休ませてもらおうかしらね。
そして翌朝。
何か変な感じがする。
何だろう?
寝ぼけ眼でぼんやりと考える。
…空気の匂いが違う。
海の、潮の香りがする。
…わたしは昨夜帝都の宿に泊まったはずなんだけど…と思って部屋を出る。

「何だてめぇは」
いきなりガラの悪い男に絡まれた。
「何、と言われても。宿の泊り客だけど?」
「なにぃ?主人も用心棒も捕まえたはずだが…てめぇ何者だ」
「だから泊り客だって言ってるでしょ」
主人も用心棒も捕まえた?一体何事?
わたしは状況が飲み込めない。
が、確かに言えるのは目の前にいるのはロクデナシだってこと。
ロクデナシは短気を起こして剣を抜く。
はぁ…またなの?何でこうなるかなぁ。
わたしはもうおちおち宿にも止まれない程厄介事体質になってしまったらしい。

狭い船室では思うように距離を取れない。
弓で戦うのは得策じゃないわね。
何時もの様に首無し死体を起こすとわたしは一歩下がる。
これでロクデナシの剣はわたしには届かない。
腐乱死体と一騎打ちを強いることが出来る。
突然出てきた腐乱死体に怯んだロクデナシはそのまま殴り倒される。
「一体何なのかしら?」
ロクデナシをしげしげと見る。
近くで扉をばんばん叩く音がうるさい。

そう言えば船宿の人を捕まえたって言ってたわね。そこに閉じ込めたのかしら?
わたしは物言わぬロクデナシから鍵を借りると部屋を開けた。
「ふぅ、助かったぜ。まったく…まさか海賊に襲われるとはな」
閉じ込められてたのは用心棒だけだった。
話を聞くにわたしが眠ってから程なく海賊が忍び込んできて、宿の関係者を捕まえて船を海に出してしまったんだそうな。
だから潮の香りがするのか。

踏み込んできた海賊は四人。リーダーは宿の主人を捕えて船長室に引きこもり、この船倉と食堂、操舵輪のある上甲板に一人ずつ張り込んでるらしい。
ってことはここから出るとまた一人いるのね。
わたしは弓を用意するとこっそりと船倉を出る。
丁度食堂でごそごそ何かを漁ってるダンマーの女が一人。
こっちには気付いてないわね。
「誰!?」
背中に矢を受けたダンマー女が振り向くとそこには首の無い腐乱死体。
「ひっ…」
そりゃ驚くわね。わたしだってこんなの嫌だ。
反撃もままならず恐怖に竦んだ女は二度と起き上がることは無かった。
しかし何してたのかしらね?食料を漁ってたわけじゃないと思うけど。

船長室も上甲板も鍵がかかっていた。
そしてダンマー女が持っていたのは鍵一つ。
まったく面倒な。
鍵が道を開いてくれたのは上甲板。
「何だてめぇは」
どこかで聞いたような台詞…あぁそうだ、船倉にいたロクデナシが一言一句違わず同じことを言ってたからか。

「てめぇここで何してやがる。下の連中は黄金のガレオン船を見付けたのか?」
黄金のガレオン船?何それ?でもそれが目的で船宿を襲ったみたいね。
まぁともあれ、こうして鉢合わせてしまった以上、さっきみたいに不意を打つのはもう無理。
「えぇ、見付けたわよ」
わたしはそう言うとまたしても首無し死体を起こす。
今日は腐乱死体が大活躍する日みたいね。
わたしの言葉と目の前の死体に混乱したロクデナシ2号もエセリウスへの旅路を歩むことになった。
そしてロクデナシ2号の懐にも案の定鍵が一つ。

「…アンタ誰?」
船長室には宿の主人と女が一人。
この女がリーダーなのか。
「あいつらはどうしたってんだい」
「皆…エセリウスへと観光旅行中よ。帰ってくるのは…何時になるか知らないけど」
輪廻転生論が本当なら何百年かすれば別人となってまたタムリエルに戻ってくるはず。うん、わたし嘘は言ってない。
「なんですって!?」
剣を抜いて襲ってくるかと思ったけど、リーダーは「ふぅ…」と溜息を一つ。
鞘ごと剣を外すと投げてよこした。
「ウチらの負けみたいね」
あら、随分と潔い。負けを認めて投降した。

「いやー助かりましたよ。貴女がいなかったらと思うと肝が冷えますね」
助けた主人から話を聞くに、事の顛末はこうだ。
船宿を開店するにあたって話題になるよう、前の船主がどこかに黄金のガレオン船模型が隠した、と自作の噂を流したんだそうな。
それを探してみようとする物好きが集まってきて、船宿は繁盛していたんだけど、それを聞きつけた海賊一味が乗り込んできたと。
「それじゃ船を帝都に戻しますので。もう海賊も居ないことですし、ゆっくりと船旅を楽しんでください」

ここが海のどこらへんかわたしには分からないけど、明日には戻れると言う。
じゃぁ折角だし、一息つかせてもらいますか。
甲板 
♪Alright今日が笑えたら~Alright明日はきっと幸せ~♪
わたしの歌声が甲板から風に乗る。歌っているのはアカヴィリ地方で流行っている歌だ。
用心棒が操舵する傍らで潮風を受けながら歌う。
この歌みたいに毎日穏やかに暮らせれば良いんだけどね。わたしの日常は中々それほど甘くないらしい。

翌朝には無事帝都に戻ってこれた。
「これは海賊に掛けられていた賞金です。貴女が受け取るのが相応しいでしょう」
帝都に戻り、衛兵に引き渡された海賊には賞金がかかっていたそうだ。
そう言ってちょっとした額が主人から手渡された。
わたしは帝都を出発するとスキングラードへ馬を向けた。