ブルーマの宿で一泊して翌朝。
流石に北国だけあって寒い。ここから少し北に行けばノルドの国、スカイリムだ。
わたしは別に寒いのが苦手と言うわけじゃないけど、寒くて嬉しいと言うことも無い。
過ごすなら吐く息が白くならない土地が良いわね。
流石に早朝では旅するのに寒すぎるので昼頃に出立しようかと思っていたんだけど…。
どうも何やら騒がしい。

殺人事件だか吸血鬼騒ぎだかと良く分からない話声がそこかしこから聞こえる。
殺人にしても吸血鬼にしても物騒な話ね。
ちょっと様子を見ておこうかと通りに出ると、宿にほど近い家で人だかりになっていた。
「ほら、そこ!立ち入り禁止だよ」
ちょっと人ごみから顔を覗かせると衛兵に注意された。
「殺人事件なんですか?」

丁度良かったのでそのまま衛兵に話を聞いてみる。
「いや、そうじゃないんだ。ここの旦那が吸血鬼だと分かってね」
何でもここ最近、ブルーマで吸血鬼に噛まれて死んだ人が何人かいたらしいんだけど、最近流れてきた吸血鬼ハンターがいたので協力してもらって退治した、と言うことらしい。
そんな急なことで旦那さんを失ったおばさんはさめざめと泣いていた。
「まぁ奥さんには気の毒な事になっちまったな」
奥さんは旦那が吸血鬼だと知らず、しかも留守にしてる間に全てが済んでしまったからショックも大きいようだ。
確かに気の毒な話ね。
とは言え事件は既に解決したと言うことなら長居は無用か、と思い引き返そうとしたところを引き留められた。

「お願いよ、助けてちょうだい!街の人は誰も私の話を聞いちゃくれないの」
まずい…何か知らないけどわたしに目を付けた奥さんが立て板に水とばかりに話し始める。
お願いやめて!わたしを厄介事に巻き込まないで…。
だが願いも空しくわたしは奥さんの事情を聞かされてしまった。
奥さんが留守にしている間に吸血鬼ハンターと衛兵が押しかけてきて寝ていた夫を退治と称して殺してしまった。
しかも何故か家の地下から死体まで見つかってしまい…。

「でもそこまで証拠が出たんじゃ…どうにもならないんじゃ?」
「でも夫は吸血鬼なんかじゃないの!夜しか外で見かけないなんて言われるけど、昼間寝てるのは夜勤の仕事だからよ。それに自分の家に死体を隠すなんてあり得ると思う!?」
奥さんはヒステリックに叫び、怪しいのはあの吸血鬼ハンターだと言いだす。
何でも昔どこかで会ったことがあるような気がするとかなんとか。
…それってただの言いがかりなんじゃ?
と思ったけど話がこじれそうなのでぐっと飲み込む。
かくしてわたしは何故か吸血鬼ハンターの正体を暴く羽目に…。
何でこうなるかなぁ…ほんとに。

まずはその吸血鬼ハンターことレイニル氏に会ってみないことには何とも言い難い。
どこにいるのかと思えば…昨夜泊まった宿の隣室の人だった。
でも今のところ宿には戻っていない。まだチェックアウトはしてないようだけど。
待ってれば戻ってくるかしら?でもただ待ってるのも暇よね。
わたしは宿の親父さんにレイニル氏の事を聞いてみた。
「あぁ、その話か。わしも正直信じられんのだよなぁ。あそこの旦那、たまに昼出歩いてることもあったしなぁ。そりゃ昨日今日吸血鬼になった、なんて言われたら何も言えんが」
そう言うと何故かレイニルの借りた部屋の鍵を持ってくる。
「あそこの夫婦とは結構長い付き合いなんだ。わしだってあの旦那が吸血鬼なんて思っちゃいない。あんたがそれを確かめてくれるなら協力するさ」
親父さん公認で他人様の借りた部屋に入れることになってしまった。
こうしてわたしは深みへとハマっていくのね。

まぁ宿の部屋だ。そんなに荷物が散乱してるようなこともなく…と言うか何も残ってなかった。
チェックアウトはしてない、と聞いてたけど…?
でも部屋の片隅に何かノートが一冊。
ぱらぱらと読んでみると、どうもこれはゲレボーンと言う人が書いた日記みたいね。
その内容は…日記の主ゲレボーンと吸血鬼呼ばわりされた旦那さん、そして吸血鬼ハンターのレイニルはかつて冒険仲間だったとある。
そして何か貴重な宝を見付け、いつかそれを山分けしようと三つの鍵をかけてどこかに仕舞い込んだと。
その鍵はこの三人が一つずつ持って、ネコババ出来ないようにしたってことみたいなんだけど…。

「にしても何でゲレボーンの日記が?」
わたしがぶつぶつ呟きながら部屋から出ると、部屋の前で待っていた親父さんに聞こえてしまったらしい。
「ゲレボーンだって?レイニルはスキングラードでゲレボーンって吸血鬼を退治したって言ってたぞ?」
え?ってことは…日記の内容も合わせて考えれば…お宝独り占め計画じゃない!
わたしはこの日記を吸血鬼退治を担当していた衛兵に見せる。

「くそ…やってくれたな、あの野郎」
衛兵はわたしに宿で待つよう告げると血相を変えて駆けだした。
そして1時間くらい経っただろうか。
「奴の足取りが分かったぞ」
何でもブルーマを離れ西の山中に向かっているらしい。
恐らくお宝を隠したと思われる洞窟がこの近くだと言うのだ。
「奴を追ってくれ。衛兵が大々的に動くと警戒されちまうからな。あんたに頼みたい。生死は問わん。奴に法の裁きを」

え?わたしに行けと?ブレイズと言い衛兵と言い、ちょっと職務怠慢じゃないだろうか?
わたしは渋々とブルーマを出て西へ。

「来ると思ってたよ。とは言っても俺が予想してたのは衛兵の方だが」
教えられた洞窟の中でダンマーが一人待ち構えていた。
「で、どうするの?大人しく逮捕される?」
「愚問、だな。自由か投獄か…選択の余地はあるまい?…さぁ始めよう。生きてここから帰れるのはただ一人!お前さんの幸運を祈ろうか!!」

別に恨みがあったわけじゃないんだけど、ね。
それでも容易く手放せる命じゃないのよ。
わたしはレイニルの懐から鍵束を取り出すとすぐそこにあった箱を開ける。
入っていたのは…別に高価そうでもないし、仕掛けも無さそうな…アミュレットが一つ。
こんな殺し合いになるような物には見えない。

取り敢えずアミュレットを持ち帰り奥さんに事の顛末を伝える。
わたしの話を聞いてレイニルがかつて旦那さんの冒険仲間だったことを思い出したようで。
そしてアミュレットを手にすると…その秘密についても明かしてくれた。
一見ただのアミュレットだけど、旦那さんがこっそりと術を掛けて真の価値を隠しておいたのだと言う。
正直言うと旦那さんは冒険仲間の事をそこまで深く信頼していなかったのだ、と。
奥さんはアミュレットに向かってぽつりと呟く。
「”仲間”」
それが合言葉になってアミュレットは真の輝きを取り戻す。
”仲間”か。本当は信頼したかったんだろうな、仲間の事を。そう思うと今回の一件はちょっと悲しい話ね。
「これはあなたに差し上げます。夫の汚名を雪いでくれたお礼よ」

敵は討った 


わたしはアミュレットを受け取ると夕暮れのブルーマに消えて行った。