先日、長野にりんごを買いに出かけ、

帰りにとある所にたまたま寄ったところ、


あまりにも衝撃だったので書きます。


そこは

群馬県と長野県の境目辺りの今も活発に活動している浅間山の麓にある集落、


鎌原地区です、


そこにある鎌原観音堂とゆうところに寄ったところ、たまたま何かの慰霊祭をやっていました。



最初、何の慰霊か分からなかったのですが、
この敷地にある石碑、その後の色々な説明を見て衝撃でした。


今の時代、ネットで検索すれば直ぐ調べられますが、

説明下手くそなので簡単に申し上げると、

約270年前、噴火により村全体が土石流に飲み込まれてしまい、

一瞬で400人以上の命が奪われ、

残った人は90人ほど、

その後、士農工商とゆう上下関係を無視して生き残った者通し家族をつくり、
今に至っているとゆう場所です、

💦💦ちと、簡単過ぎて申し訳無いのですが💦

なので、今の場所の下には当時の村が埋まってしまっている訳で、



至る所で発掘調査が行われていました。
自分がいい加減な說明すると失礼かもしれないのでやめときます💦

今の日本もいつ来るか解らないけど、絶対来ると言われている大地震、

少しでもあまり知られていない後世に残さないといけない事だと思いますし、

この様な過去の出来事から学べるものがあるのではないかと思いブログに書きました。

固いお話ではありますが、観音堂下の不自然な階段の理由を知った時、涙が出そうになりました。

色々衝撃の連続で、こんな静かな良い場所で悲しい出来事を、
残された人々が乗り越えてきて今に至る事に感動しました。

興味がある方は調べてみて下さい。

もし行かれるなら上が道の駅?と資料館があり、広い駐車場に車を止めて階段を降りると行けます。