今日のTARO疎外感ってことをまともに感じてる人間はまだ救われるけど 疎外されているにもかかわらず、疎外感という虚しさを きつく感じない、強く感じない、無神経な人間が増えている。 これが、本当の意味でおそろしい疎外的な状況だと思う。 ただ自分が本当に発言して生きる。 そして惰性的に流れない生き方をすることによって救われるんで むしろ人に嫌われても構わない、抵抗を感じられてもいいから 自分の本当の生き方を、皆に流されないで こうだって生き方をすると救われる。 それはつまり芸術であり、充実であるというわけです。