自分にある気持ちがあって、それを伝えたり表したりすると
迷惑になってしまったり、認めてもらえないときがある。

人間って、相手がいるのだからしかたない。それを学ぶのが人間として大切だろう。

でも、どうしてもその気持ちが残る。
すると、そんな気持ちを持ってしまう「自分」を自分自身が認められない気持ちになる。
これって、すごくつらい。言葉では言い表せないほどの苦しみだ。

もし、そんな人がいたら
まず気持ちを受け止めてあげて
認めてもらえる伝え方・表し方を一緒に考えてあげたらいい。

言うのは簡単だが、かなり難しい。
社会は、許されないものをすぐにやめさせようとする。ときに、そんな気持ちになる「その人」から離れようとする。
気持ちを受け止める余裕がないのだ。

気持ちを受け止めようとする人の行動すら理解してもらえない。
特に「人に教える」という立場の人に対しては、その目は厳しい。
早く「なくして」欲しいと求める。

社会には、もっと人の気持ちを受け止めてあげる余裕が必要じゃないだろうか。
せめて、社会から離れて
気持ちを受け止めてもらえる場と機会が必要だ。

なーんて、
何年か前は、愚痴とか弱音とかマイナスの言葉は絶対によくないって考えてた。苦笑

愚痴も一服の清涼剤

ある人が教えてくれた言葉だけど
受け止めてあげられる余裕が大切。

そして、誰かに素直に出せることも大切。

最近、しみじみ学んだことです。


読んでいただき、ありがとうございます。