かなり高血圧な青年の減量生活
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プロローグ ③ ~そして内科医 

とりあえず、内科医に行くようにと半笑いの女医さんに言われていたのを思い出し、家の近所の内科医をググる、ググる・・・とりあえず長い付き合いになるだろうから、遠くの超一流よりも近くの1.5流くらいでよいやと判断。結果、大量の内科医のピックアップは出来、循環器や生活習慣病に強そうなところ(いや、強いと自己申告しているところ)はわかった。しかし結局は、


どこが安心できる医者なのかわからない。


思い返せば、うちの父親も高血圧で10年来病院に通って、糖尿病の専門医みたいな人に食事制限、食事制限ってやられていたのに、気がついたら循環器がOUTだったなんてこともあったっけ。たしか、それ以降親父は同時に二つの医者に通ってたなぁ。色々な病院ランキングサイトもみて考えてみたが、結局有力な情報はなし。ここは腹を決めて、まず自分が良さげに思えるところにいこう。話はそこからだ。そうそう、最後はいつでもノリと直感で決めてきたじゃないか!ここで何を迷ってる。(いや、そこに一貫性はいらないか)


で、結論として病院がよかったのか悪かったのかはまだわからない。でも、まぁそっけないもんだよね。パコパコと血圧を図ったら、問診して、じゃあ薬のみましょう。って。もう少し具体的な話があるかと思ってたんだが、完全に置き去り状態。自分は病院すらあまりきたことないし、今回も悲壮な覚悟を胸に来てるのに。いや、まぁ、自分が勝手に盛り上がって、それに医者も付き合えっていうこと自体がナンセンスではあるのだが(笑) とにかく薬を飲めばとりあえずは血圧が下がるということなので飲んでみることにした。


そうそう、ちなみに血圧はとりあえずその日は208はないことがわかる。180超えるくらいだから、十分に高血圧だが。それよりなにより、私の場合は下の血圧(140)が高すぎるらしい。


結局その日は調剤薬局で薬をもらい、高血圧の食事の本を買って、その日から本に書いてあることを実践した。


毎日の食事から極力塩を抜き、味噌汁も味噌なし。調味料も塩・しょうゆは極力使わない、漬物はもってのほか。

肥満は高血圧の大敵だそうなんで、食べる量も気をつける。我ながら優秀な生活(笑)


「1週間後に薬の効果を確かめたいから再度病院に来い」と言われたが、こっちはもう自信満々。もしかしたら「すっと血圧さがっちゃったりして」と思っていたのだが、先生は血圧計をパコパコやって首をかしげながら一言。「ぜんぜん、薬効いてないわ」


「なんで効かないんだろう」と明らかにあまり深く悩んでいない状態でカルテを見ながらつぶやくと、先生はこちらに向きかえり「もうちょっと薬を強くしましょう」 まぁ、私に拒否するだけの判断力はございません。


ここで、人間が小さい自分は、自分の努力を認めて欲しくて(笑)、自分の減塩生活や運動を始めたことなどを先生に話してみる。だが、それに対しても「まぁ、そういう努力は続けてね」とつれない(笑) まぁ、一週間程度そんなことやってもね。おっしゃるとおり、続けることが大事ということですな。


さて、明日からはプロローグをやめて、やっと日記形式に。

体重、血圧の変化に加え、だらだらとした話をしていきます。





プロローグ ② ~ やばいのね・・・

人間ドックの夜、家に帰ってみると、いろいろと気になってきた。ここで、気にならなければ図太いんだが。とにかく、まず手始めにこの上が200という血圧がどれほど高いのかを知りたくなり、さっそくググる。「血圧 200以上」と。それで、初めてこの208というのが相当高いんだな、と気がついた。なるほど、もうちょっと年取ってたら即入院の可能性もあったわけね。あの半笑いの女医さんも丁寧に教えてくれればいいのに(あくまでも自分中心)。


そこに並ぶのは、脳溢血だの脳梗塞だのというとにかく危険な言葉。でも、いま一つピンとこない。確かに、自分の父型の親戚は高血圧をもとに脳梗塞だの不整脈だの動脈剥離だのが多かった。でも、それはみな50歳超えてからの話。さすがに32歳の自分には関係ないだろう・・・


しかし、あれだ。人間は自分の目の前にいろいろな情報を並べられると、自分に都合のよい情報のみを選択したくなるものだと、情けないながら実感した。「別に病院に行かなくても高血圧は治る」とか「高圧剤を飲むと癖になるから、若いうちには食事を気をつければ大丈夫」とか。全体からみたら、めちゃくちゃマイナーな意見なのに、自分のことを心地よくしている意見を探して、自分を安心させている。


そんな甘い思いを打ち砕いてくれたのが、Yahoo知恵袋。ほんと、あのページはえげつない。歯に衣着せぬコメントがいろいろと載っている。

  ・ 高血圧ほっておけば、病院でスパゲッティ状態(たくさんのチューブにつながれていることね)

  ・ 降圧剤は癖になるかもしれないが、飲まないで命を縮めること考えれば安いもんだろ

結局、こんな感じのコメントに背中を押された。絶対に病院に行こうと。


スパゲッティという言葉で、やっと思い出したんだな、大学生のときに親父が動脈剥離でぶったおれて集中治療室に入れられたときのこと。親父の入院している病院は、当時私が住んでいた仙台から新幹線を利用しながら3時間はかかる。でも、新幹線に乗るにも、連絡があったときはすでに銀行のATMではお金が引き出せない時間。駅前の「らららむじん君」にも初めて駆け込んだが、こちらも時間外。このまま仙台からタクシーで行ってやるかと腹をきめた時、母から「次の日の朝で大丈夫だから。それに来ても病室には入れない」という電話。たぶん、無理矢理きそうな雰囲気を感じたんだろう。


次の日に新幹線で仙台駅を出る時、自分はスーツだった。昨日電話があった時は「倒れた」ことに気が動転していたが、夜にネットで調べていたら「動脈剥離」自体が極めて危険な病気であることがわかったのだ。万が一の場合は、葬式を出してくる覚悟でいた。はたして指定の時間に病院の治療室に入ると、それこそスパゲッティ状態の親父の姿。昏々と眠るだけ。唖然としたが、同じ光景は今までに一度だけ見たことがあったのを思い出した。じいちゃんが死んだときだ。


親は私にじいちゃんが死にそうなことを一切言わなかった。私に心配させまいと「必ず治る」と繰り返していた。でも、病院に連れて行かれる回数が増えていき、爺ちゃんの元気はみるみるなくなっていった。最後にじいちゃんにあったとき、じいちゃんはそれまで見たことがないほどのスパゲティ状態だった。あのとき、「あ、もう死んじゃうのかも知れない」と思ったのを覚えている。結局は食道癌だったのだ。


その時と同じ光景、いや比べ物にならない位に複雑な世界が父親を中心に目の前に広がっている・・・気がついたら私は何年かぶりに、涙が止まらなくなっていた。もう親父もダメなのかも。なんでこんなになったんだ。こんなになるまでなんで気がつかなかったんだ。言ってもしょうがない恨み言と、治ってほしいという祈りが私の中では混然となり、情動は抑えられそうになかった。



あの時の感覚が、スパゲッティという言葉で蘇ったのだ。わが身を振り返り、生活力のない奥さんと、生まれて1年もない娘をおいてあんな状態になるのはいやだと思った時には、自然と「少しでも良くなりたい」と正直に思えたのだった。


ちなみに、親父は病気と付き合いながら、なんとかまだ元気にやってます。





プロローグ ① ~高血圧見つかる

もう2週間前になるが、久しぶりに健康診断に行ってみた。

なんと言っても久しぶりなので、別に誰からも頼まれていないが半日の人間ドックにしてみる。現在33歳。

  ・ 170cmで96kgの明らかなメタボ

  ・ 生活は絵に描いたような不規則

  ・ ストレスに打たれ弱い

とくれば、それなりにどっか悪いところがあるだろうという覚悟だけはしていた。ただ、まだまだ若い気なので致命傷をおっている感覚もなかった。


若いキレイメな女の子でメンバーが固められたオフィス街の診察所は、最後に検診を行うためにでてきたのも若い女医さんだった。なんだかしらないけど、終始半笑いで上目遣いなのが妙に気になる。で、その半笑い女医がのたもうて曰く「高血圧だから、このまま、今すぐ病院に行け」と。


「コロスケさんねぇ・・・血圧の上が208で下が140なんて・・・・ちょっと危険すぎて、私責任負えません」


血圧の数値が高いとまずいことくらいしっている。だが自慢じゃないが、血圧なんてほとんど計ったことないし。その200だ、140だがどんだけ高いかなんて知りません。何より、体調は快調である。


「嫌だねぇ、世の中みんな責任取りたくないからって、すぐに「危険だ、危険だ」って騒ぎ立てて」


診療所を出た私は、昨日の早い夕食以来何も食べずペコペコのおなかを満たすために、元気良くステーキハウスに入ったのだった。この時点で病院なぞ行く気は微塵もなかったのだが、次の日にはおとなしく降圧剤を飲んでいたのだった。