EASDのDNSGによる糖尿病食事療法の提言 その4 の続きである。

 

 

 

ケトン食および低炭水化物食については、以下のように述べている。

極端な炭水化物制限は、低密度リポタンパク質 (LDL) コレステロール値の増加 [69, 98]、低血糖、ケトアシドーシス、およびビタミンやミネラルの不足 [50–56] と関連しています。この食事法は長期的に続けることが難しく [69]、長期的な影響に関するエビデンスが不足しています [99]。一般集団における長期観察研究からのエビデンスは、炭水化物の摂取量が少ない (総エネルギーの40%未満) および多い (総エネルギーの70%超) ことは、若年死亡率の上昇と関連していることを示しています [100–103]。

ケトン食で低血糖になる人がそんなに多いのだろうか?

ケトアシドーシスになる人はそんなに多いのだろうか?

本当に死亡率が高くなるのだろうか?

 

どんなエビデンスがあるのだろう?と興味を持ったので、参考文献を見てみた。

まずは、参考文献50、51、52、53の4つ。

 

50. Churuangsuk C, Griffiths D, Lean MEJ, Combet E (2019) Impacts of carbohydrate-restricted diets on micronutrient intakes and status: A systematic review. Obes Rev 20(8):1132–1147. https:// doi.org/10.1111/obr.12857

 

要旨

2018年10月までにWeb of Science、Medline、Embase、Scopus、CENTRAL、および ClinicalTrials.govで公開された、炭水化物制限食 (CRD) による微量栄養素の摂取/状態に関するエビデンスのシステマティックレビューを実施しました。7件のランダム化比較試験 (RCT) (「アトキンス」スタイル、n=5;「パレオ」食、n=2)、2件のアトキンススタイルの非対照試験、および1件の横断研究からなる10件の研究を特定しました。指示された炭水化物量は、エネルギー摂取量の4〜34%の範囲の幅がありました。マルチビタミンサプリメントを処方した非対照試験は1件のみでした。食事摂取量/状態は、2から104週間にわたって報告され、体重は2〜9 kg減少しました。欠乏症の診断は報告されていません。チアミン、葉酸、マグネシウム、カルシウム、鉄、およびヨウ素の摂取量はすべて、どのCRDタイプでも有意に減少しました (ベースラインから -10 〜 -70%)。アトキンスダイエット試験 (n = 6; 4%〜34%E 炭水化物) では、ビタミンA、E、およびβ-カロテンの摂取量に一貫性のない変化が示されましたが、ひとつの「パレオ」食試験 (28%E 炭水化物) では、これらの微量栄養素の増加が報告されました。別の「パレオ」食 (30%E 炭水化物) では、中等度のヨウ素欠乏症が6か月後に15%から73%に上昇したことが報告されています。結論として、微量栄養素に対するCRDの影響を評価した研究はほとんどありません。さまざまなデザインの研究は、いくつかのビタミンとミネラルの減少を指摘しており、微量栄養素の不足の潜在的なリスクがあります。試験報告の標準には、微量栄養素の摂取/状態の分析が含まれることが期待されています。食品やサプリメントに含まれる微量栄養素は、CRDを設計、処方、追跡する際に考慮する必要があります。

 

チアミン(ビタミンB1)の摂取量が減少するのは不思議。アトキンスダイエットやパレオ食では、豚肉をあまり食べないのだろうか?

鉄が減少するというのは、肉は食べてもレバーは食べないということだろうか? それでも、肉をモリモリ食べていれば不足するようには思わないのだけど。

カルシウムは乳製品から摂れそうだが、パレオ食は乳製品を食べないんだっけ?

ビタミンAはレバーを食べれば摂れるし、葉酸とβカロテンは緑黄色野菜を摂れば問題ないと思うのだけど、アトキンスやパレオでは野菜はほとんど食べないのかな?

マグネシウムに関しては、海藻や大豆製品を食べる習慣がない欧米人だとナッツから摂ることになるだろうか。

ヨウ素に関しては、海藻を食べる習慣がない欧米人では、低炭水化物食でなくとも不足しがちな栄養素だ。

 

気をつけないとビタミンやミネラルが不足するという懸念があるのなら、サプリメントや強化食品で補えばすむ問題だと思う。ベジタリアン食でも不足しがちな栄養素があって、サプリメントや強化食品で補うことが前提になってはず。

だとしたら、低炭水化物食では不足しがちな微量栄養素があるために推奨できないないとするのは、ちょっと理由になっていないかなと思う。

 

 

51. Leow ZZX, Guelfi KJ, Davis EA, Jones TW, Fournier PA (2018) The glycaemic benefits of a very-low-carbohydrate ketogenic diet in adults with Type 1 diabetes mellitus may be opposed by increased hypoglycaemia risk and dyslipidaemia. Diabet Med 35(9):1258–1263. https://doi.org/10.1111/dme.13663

 

要旨

目的
ケトン食に典型的な超低炭水化物高脂肪食が、1型糖尿病の成人において健康に悪影響をおよぼすことなく血糖コントロールを改善することができるかどうかを調査することです。
方法
この観察研究では、1型糖尿病の成人11人(男性7人、女性4人、平均年齢36.1±6.8歳、平均糖尿病罹病期間12.8±10.3年)を対象に、平均2.6±3.3年間 のケトン食 (1日当たり55 g未満の炭水化物) (β-ヒドロキシ酪酸1.6±1.3 mmol/l) を摂取させ、空腹時採血と分析を行い、血糖変動を測定するために7日間、盲検連続グルコースモニターを装着しました。
結果
平均HbA1cは5.3±0.4%であり、参加者は74±20%の時間を正常血糖 (4–8 mmol/l)の範囲内で、3±8%の時間を高血糖 (>10 mmol/l) の範囲内で過ごし、毎日の血糖変動はほとんどありませんでした (sd 1.5±0.7 mmol/l; 変動係数 26±8%)。血糖値は3.6%の時間で3.0 mmol/l未満であり、参加者は中央値で毎日0.9 (0.0–2.0) 回の低血糖エピソードを経験しました。総コレステロール、LDLコレステロール、総コレステロール/HDLコレステロール比、および中性脂肪は、参加者のそれぞれ82%、82%、64%、および27% で推奨範囲を上回っていました。ただし、HDLコレステロール値はすべての参加者の推奨範囲内でした。参加者は、肝機能障害または腎機能障害の証拠をまったく、またはほとんど示しませんでした。
結論
この研究は、1 型糖尿病の成人におけるケトン食が優れたHbA1cレベルと血糖変動の小ささと関連しているが、脂質異常症と多数の低血糖エピソードとも関連している可能性があるという最初の証拠を提供します。

 

総コレステロールとLDLコレステロールが上昇するのは分かるけど、一般的には低炭水化物食で中性脂肪は劇的に下がると思う。なのに、27%もの人が基準値を超えていたというのは不思議。体質によっては、そういう人もいるのだろうか。

 

1型糖尿病患者が対象なので、おそらくは全員が基礎ボーラスインスリン療法なのだと思う(フルテキストを入手していないので、詳細を確認できず)。

インスリン療法をしながらHbA1cが5.3%というのは、低すぎじゃないのだろうか? こんなに低くしてしまったら、そりゃ低血糖も起きるだろうと思う。低炭水化物食にするなら、インスリン量を適切に減らす必要があるだろう、

低血糖が起きるのは低炭水化物食が原因ではなく、適切にインスリンの減量を指示しなかった医師に責任があったように思う。

 

 

52. Spoke C, Malaeb S (2020) A case of hypoglycemia associated with the ketogenic diet and alcohol use. J Endocr Soc 4(6): bvaa045. https://doi.org/10.1210/jendso/bvaa045

 

要旨

ますます人気が高まっているケトン食は、炭水化物の摂取を厳しく制限し、脂肪酸の酸化と燃料源としてのケトン体生成に代謝を誘導します。ケトン食が減量やその他の利点においてプラスの効果を示す多くの研究があります。しかし、ケトン食の長期的な影響と潜在的な有害事象は十分に研究されておらず、文献にも記載されていません。ケトン食により低血糖を起こした症例報告はあまりありません。我々は、1年近くケトン食を厳密に続けていた69歳の女性が血糖値39 mg/dLの低血糖とケトーシスを呈した症例を報告します。彼女は倦怠感、砂糖への渇望、およびメンタルフォグの症状を呈しており、アルコール摂取後に低血糖で入院しました。彼女はβヒドロキシ酪酸が上昇し、インスリンとCペプチドが低下しており、いずれも飢餓ケトーシスと一致していました。この症例は、長期にわたるケトン食とアルコール摂取が組み合わさることで、正常なグルコース恒常性メカニズムが破壊され、著しい低血糖を引き起こす可能性があることを示しています。このような低血糖のパターンは典型的な症状を示さないことがありますが、これはケトン食が脳機能に及ぼす影響が一因である可能性が高いです。この症例は、ケトン食中のアルコール摂取について患者に助言する必要性を裏付ける知見を提供します。体内だけでなく脳のグルコース恒常性に対するケトン食の長期的な合併症について、さらなる情報が必要です。

 

ケトン食とアルコール摂取の組み合わせで、低血糖とケトーシスの症状を呈したということなのだが…
症例報告(case report)がエビデンスとして採用されていることに驚いた。よくあることなのかな?

この論文はフルテキストが読めるので確認してみると、この女性は過去にいろいろな病歴を持っていたようだが糖尿病ではなかったようだ。
1年前、女性は吐き気と腹痛を訴えて、小腸の細菌の過剰増殖と診断され、ケトン食を始めるように勧められた。73 kgの体重だったところ、1年間で14 kgの減量に成功した。
プライマリケア医での健診を受ける2週間前から、疲労やメンタルフォグ、砂糖への渇望を自覚するようになった。そのため、女性はケトン食で規定されるよりも多い炭水化物を摂取することがあった。
プライマリケア医を受診する2日前にアルコール(マティーニ2杯)を飲んだ。
プライマリケア医で空腹時血糖値を測定すると、39 mg/dLと低かった。
プライマリケア医のオフィスに呼び出されたときには女性はすでに朝食を摂っており、血糖値を再測定したところ64 mg/dLだった。女性はジュースを与えられて飲み、血糖値は改善したものの、メンタルフォグや疲労には変化がなかった。
女性は低血糖の精密検査のために入院した。
入院初日にパスタや果物などの通常の食事を食べたあとに血液検査を受けたところ、インスリン、Cペプチド、プロインスリンを含む検査値は基準範囲内だった。しかし、その後に女性はふらつきや震え、吐き気を報告し、血糖値を測定すると59 mg/dLだった。女性はデキストロースを与えられ、血糖値が105 mg/dLに上昇すると症状が解消した。
内分泌チームによって72時間の絶食による調査がスタートしたが、62時間後に血糖値が55 mg/dL未満に達した時点で中止された。その際、女性は低血糖症状を報告することはなかった。
女性は、1日150 gの炭水化物を摂取するようアドバイスを受けて退院した。
 

さて。

このケースはどう解釈すればいいんだろう?

マティーニ2杯のアルコール摂取量ってよく分からないが、過度にアルコールを摂取すると肝臓での糖新生が抑制されるので、超低炭水化物食と組み合わせると低血糖を引き起こす可能性はある。

ただ、飲んだのは健診の2日前ということなので、アルコールの作用はすでに消失しているはず。この論文では「長期のケトン食とアルコール摂取」の組み合わせで論じているけれど、プライマリケア医のところで39 mg/dLだったのはアルコールが原因とは言えない気がする。

 

論文中の記載で興味深いのは、この女性は最初の39 mg/dLのときと絶食テストの55 mg/dL未満のときは、一般的な低血糖の症状を訴えていないことだ。入院で高糖質な食事を摂ったあとの59 mg/dLのときのみ、震えなどの一般的な交感神経作用による低血糖症状を訴えている。

 

これは、前者では体が脂肪酸代謝メインになっていたために、これくらいの血糖値でも体はエネルギー不足を感じていなかった可能性がある。後者では、高糖質の食事をしたために急激に糖代謝メインとなり、血糖値が下がると脳がエネルギー不足を感知して低血糖症状が出たんじゃないだろうか。

つまり、糖代謝メインのときの低血糖の定義と、脂肪酸代謝メインのときの低血糖の定義は異なる可能性がある。なので、超低炭水化物食で70 mg/dL未満になるから危険、とは言い切れないかもしれない。

 

問題は、この女性が訴えていた、倦怠感やメンタルフォグ(ブレインフォグ)だ。これ、一般的には「ケトフル」と呼ばれる症状に似ているように思う。

普通の食事から急に超低炭水化物に切り替えると、体が脂肪酸代謝に順応するまでの数週間は、風邪を引いたような症状が現れることがある。これは「ケトフル」と呼ばれている。体が順応すれば、この症状は消失するとされる。

この女性の場合、ケトン食を1年近く続けたのちに症状を訴えているので、一般的なケトフルとは違うようだ。

ケトン食のような極端な食事法は、体質によって合う合わないが大きいだろうし、そのときの体調によっても大きく左右されると思う。この女性も、たまたま体に何かが起きて、ケトン食が合わなくなってしまったのかもしれない。

 

だからと言って、この症例報告をエビデンスとして「ケトン食は危険性が少しでもあるから推奨しません」と言うのはどうなんだろう? 動物性食品を一切摂らないヴィーガン食だって、合わない人がいると思うんだけどなぁ… でも、そっちは推奨しているのがよく分からない。

たしかに、ケトーシスからケトアシドーシスを発症すれば命にかかわる。それに比べると、ヴィーガン食で不調になっても命にかかわるような緊急事態にはならないのだろう。そう考えると、ケトン食に一定のリスクがあるのは間違いないとは思う。

 

 

53. Charoensri S, Sothornwit J, Trirattanapikul A, Pongchaiyakul C (2021) Ketogenic diet-induced diabetic ketoacidosis in a young adult with unrecognized type 1 diabetes. Case Rep Endocrinol 2021:6620832. https://doi.org/10.1155/2021/6620832

 

要旨

非常に低炭水化物で高脂肪な食事であるケトン食は、特に若い成人の減量のための一般的なアプローチとして浮上しています。しかし、ケトン食の深刻ではあるがまれな合併症は、低炭水化物摂取に伴うケトアシドーシスであり、この状態の素因を持つ人では慎重に監視する必要があります。我々は、既往歴に特に異常のない22歳のタイ人女性が、2日間の呼吸困難を急性発症したことを報告します。糖尿病性ケトアシドーシスは、毛細血管血糖の上昇、著しい代謝性アシドーシス、および血清βヒドロキシ酪酸値の上昇により診断されました。Cペプチド低値と膵島自己抗体陽性により、この患者の1型糖尿病の新しい診断が確定しました。病状が安定した後、患者は、病気の4日前に減量のためにケトン食を開始したことを明らかにしました。他の誘発要因は確認されませんでした。これは、これまで認識されていなかった1型糖尿病の発症時に、ケトン食が糖尿病性ケトアシドーシスのリスクを上昇させる可能性があることを強調しています。

 

そりゃ、ごもっとも。

インスリン分泌が枯渇した1型糖尿病患者が、インスリン注射なしでケトン食を実行するのはリスクがあるのは間違いない。

このケースでは、たまたま1型糖尿病を発症した直後のタイミングでケトン食を始めてしまったのが問題だったのだろう。本人は自分が1型糖尿病を発症したなんて自覚していないのだから、どうしようもない。

この女性の1型糖尿病の進行スピードが不明だけど、ケトン食をしていなくてもいずれ顕著な高血糖になって、倦怠感や喉の渇きなどが出て、もしかするとケトアシドーシスを発症した可能性はある。そこで初めて1型糖尿病を診断されることになったかもしれない。ケトン食は、それを早めただけなのかも。

 

これまでに世界中で多くの人が(主にダイエット目的で)超低炭水化物食を実行したと思うけど、そのうち何%くらいの人がケトアシを起こしたんだろうか? わたしが思っている以上に多くの人が発症しているのなら、全面禁止もやむを得ないかもしれないが…

 

次は、参考文献54〜56を見てみる。