両親は、近所の家に集まって週に3回ほど卓球を楽しんでいる。

ここ3年のコロナ禍、年寄りばかりが集まってわちゃわちゃするのは大丈夫か?という懸念はあったが、不特定多数と交流するわけではないし、他人と会話をし、体を動かすメリットの方が大きいと思い、反対はしてこなかった。父親は自分の趣味で飛び回り、コロナが流行中の都市部に出かけたりもしていたので、「このアクティブシニアめ、ちょっとは自粛しろ」と思っていたのだが、母親に関しては付き合いが狭く家に籠もりがちなので、週に3日、午前中の卓球はコロナ禍であってもメリットが大きかったと思う。

 

集まっているのは両親を含め5人。

卓球台のあるお宅は、夫が亡くなって数年となる一人暮らしの女性(Aさんとする)。近所で夫が始めた自営業(お店)を今は息子夫婦が継いでいるのだが、今も女性は週に何回か手伝いに出ている。

客商売なので顔が広く、母親からの話を聞いていると、面倒見のいい人のようだ。

その店の常連客に、近所の一人暮らしの80代半ばの女性(Bさんとする)がいる。

Bさんは軽い認知症の症状が出ているようで、面倒見のいいAさんはBさんを心配して、自分の家で卓球をしていることを話し、よかったら遊びに来ないかと誘った。Bさんは喜んで参加するようになった。

 

当初は卓球は見学だけで、会話を楽しんだりカウントを取る手伝いをしたりだけだったが、そのうち「卓球もやってみないか?」と言われるままに見よう見まねでラケットを振り、今では卓球も楽しんでいるようだ(15点先取制のところ14点のハンデをもらってプレイしているので、相手がミスをして失点を重ねると勝つことができる)。

Bさんはこの集まりが楽しくて仕方がないようで、母親からの話を聞いていると、こういう地域での小さな活動というのが高齢社会にはとても重要なのだろうなと感じる。

Bさんは、「来年になったら積み立ての保険が満期になるから楽しみ。それが入ったら、みんなでどこかに食べに行きたい」とニコニコして宣言しているらしい。みんなは「それはいいね。ただ、お金は大事にせんとあかん。そやなぁ、回転寿司くらいやったら奢ってもらっても大丈夫かな」と、あまり本気にせずに話を合わせているようだ。

 

Bさんは一応一人暮らしができているようなのだが、やはり認知症のために危なげなところもあって、Aさんの勧めで介護認定を受け、週に2回ヘルパーさんに来てもらえるようになった(この辺の手続き上のことはわたしには詳しくは分からず、理解が間違ってるかも)。

ヘルパーさんは料理を作ってくれるのだが、そのための食材を勝手に買ってくることはできないため、Bさんに購入を依頼する必要があるらしい。Bさんは認知症が進み出してからほとんど調理をしなくなっていたようで、家にはロクな調味料や食用油がなく、味噌やサラダ油を購入するところから始める必要があった。

ヘルパーさんが買い物リストを作っているのだが、Bさんはそれを見ても自分で買い物ができない。地元の小さなスーパーであっても、味噌やサラダ油がどの棚にあるのかも分からなければ、いくつも種類がある中から選ぶことができない。

そこで、Bさんは卓球仲間に「一緒に買い物をしてくれ」と頼むようになった。

世話好きなAさんは采配好きな面もあって、卓球メンバーのCさんに「一緒に行ったげて」と押しつけた。

Cさんも、そのときは軽い気持ちで「それなら」と引き受けた。

スーパーに行くと、BさんはまるっきりCさん任せになってしまって、いくつかある味噌の中で「これにする?それともこっちがいい?」と聞いても、「分からん」で終わり。サラダ油も同じ。仕方がないので、とりあえず小さなサイズのものを選んだ。

次に食材を選ぶのだが、「野菜はなにが好き?なにを食べたい?」と聞いても「分からん」。「いつも自分ではなにを買ってたの?」と聞くと、しばらく考えてから「きゅうり」。どうやら、適当に切ってそのまま食べられるきゅうりしか食べていなかったらしい。

肉や魚も、「これはどう?」と聞いても「分からん」と答えるばかりで、食べたいと思うものもないようだった。困ったCさんは手頃な値段のものを見繕ったが、本当にこれでいいんだろうかとかなり悩んだそうだ。

レジでの会計はBさんに任せるしかない。

のだが、Cさんが見ていると、Bさんは1万円札を出そうとしていた。

思わずCさんが止めてBさんの財布を確認すると、千円札も小銭もたくさんあった。(認知症の人にありがちなパターン)

そこで、ついCさんが会計をしてしまったのだが、あとになって、あの場面を周囲の人が見ていたら、高齢女性の財布の中身を勝手に触る人に思われて、いらぬトラブルになりそうだと怖くなった。

そのため、CさんはもうBさんの買い物に付き合いたくない、と断るようになった。

うちの母親にも話が回ってきそうになったが、母親は最初から手伝う気がなかったので断った。

かわいそうだが、今はBさんは一人で買い物をしているようだ。

たしかに、地域での支え合いはいいことだし、会話やお茶を楽しむならいいけれど、買い物を手伝うという金銭が絡むようなことはトラブルの元になりがちなので難しい。

 

Bさんが適当に購入した食材で、ヘルパーさんは料理を作ってくれているようだ。

週に2回だけなので、料理は多めに作ってくれるようだ。

しかし、それがBさんにとっては嬉しくないらしい。

Bさん曰く、美味しくない料理を何日も続けて食べないといけないとのこと。

同じ料理が続いて飽きてしまうというのは、たしかに理解できる。

ただ、美味しくないというのは、ヘルパーさんのせいではないようだ。

というのも、話を聞いていると、Bさんの嗜好が偏っているために美味しいと感じられないだけのようだからだ。

 

Bさんに、普段はスーパーでどんなものを買っているのか?なにを食べているのか?を聞くと、野菜はきゅうり、あとはパンと飴ちゃん。パンは5枚切りの食パンと菓子パン。食パンには砂糖をかけて食べるらしく、「美味しくて1枚では足りないから2枚食べることもある」のだとか。

「食パンのときは飲み物はどうしてるの? 牛乳?野菜ジュース?」と聞くと、「ジュース。果物の。甘いから美味しい」。

とにかく、甘いものしか食べていない。炭水化物、炭水化物、炭水化物のオンパレードのようだ。

 

この話を母親から聞いて、うわ…と思った。

もともと甘いものが好きな人だったのだろうが、認知症で子どもに返ったようになり、自分の好きな物しか食べないようになってしまっているのだろう。ヘルパーさんが体にいいと思って作った料理も、不味いと言って食べなくなってしまう。必要な栄養素が摂れず、ますます認知症が進んでしまっているのではないか…

実際、Bさんが卓球の集まりに参加するようになって2年ほどだが、その間にますます認知症の症状が進んでいるように感じると、母親も言っていた。

 

もし、Bさんが自分の親だったなら…

甘いものを欲しがれば、ラカントで作ったものを食べさせるだろう。

そして、できるだけタンパク質を摂らせる工夫をするだろう。(ヘルパーさんもそう考えて献立を考えているのだろうが、時間も食材も限られた中でBさんの好みに合った献立にはなっていないのだと思う)

また、糖質を減らした分、わたしならMCTオイルを試す。脳が上手く糖を使えず、エネルギー不足に陥っている可能性が高いので、MCTオイルでの認知機能改善効果を試してみたい。

 

というか、BさんにMCTオイルを試してみたい。

 

でも、そんなこと勝手にできないしな…

 

Bさんは一人暮らしで、家庭の事情が少々複雑だ。

息子がふたりいたが、どちらも病気で亡くなってしまった。

長男の妻は再婚者で、前の夫との子連れだった。長男との間に子どもはできなかった。今でも交流はあるようだが、少し離れた場所で暮らしている。

次男の妻は隣市にいるが、Bさんの面倒を見ようとしない。

つまり、Bさんは身内がいるようでいないという状況なのだ。

 

Bさんは卓球仲間を信頼して頼っているので、家に届いたいろんな書類を「これはなんの書類?」と持ってくることがある。市からのお知らせだったり、新型コロナワクチンの接種券だったり。

あるときBさんが持ってきた書類には、みんなが騒然となった。それは、もうすぐ満期になるとBさんが楽しみに待っている積み立ての保険(かんぽ生命)の書類だった。そこには、「担保で貸し出しているお金の返済期限が迫っているので、至急全額を返済するように。そうでなければ、毎月の積立金にプラス数千円を支払う必要がある」という記載があったのだ。

Bさんに「Bさん、お金を借りたことがあるの?」と聞くと、「そんなことはしていない」と言う。いろいろ聞き出すうちに、ずっと以前に、保険証書と印鑑を持ってこいと次男の妻に言われ、一緒に郵便局の窓口に行ったことがある、と言い出した。

どうやら、そのときに次男の妻が保険を担保に借金をしたようなのだ。

みんなは、次男の妻に金を返してもらえとBさんに勧めたのだけれど、Bさんは半分なんのことが理解していない。かと言って、親族でもない卓球メンバーが身内の金銭トラブルに首を突っ込むこともできない。

結局、面倒見のいいAさんが、ヘルパーさん(?)かケアマネさん(?)かよく分からないけど、公的な資格のある人を呼んで、自分も同席して、次男の妻を呼び出して話し合いをしたようだ。しかし、妻はしれっと借金を認めたものの、返すことは約束せず、さっさと帰ってしまった。Bさん以外のみんなは呆れてしまったが、これ以上どうすることもできない。

 

結局、Bさんは借金の利息を毎月の保険料にプラスして支払い、満期になっても楽しみにしていた金額の半分以下しか受け取れないことになってしまった。

卓球メンバーと一緒に食事に行くことを楽しみにしていたBさんは今でもそのつもりでいるようだが、みんなが「そんなことにお金を使うことはない。生活費も必要なんやから大事にとっとき」と説得しているそうだ。

そして、「満期になっても、保険証書を絶対に次男の妻に渡したらアカンで。自分でしっかり管理しときよ!」と強く念を押しているのだが、さて、どうなることやら。

年金が振り込まれている口座も次男の妻が管理しているようだ。ほんと、「渡る世間に鬼はなし」ではなく「渡る世間は鬼ばかり」の世の中なのか…と暗澹たる気分になる。

高齢者を狙った詐欺事件が後を絶たないけど、身内すら信用できないとはなぁ…

 

それにしても、Bさんの食の嗜好はうちの父親に似ている。

この食事内容が認知症の原因なのか、それとも認知症だからこの食事内容なのか、どちらとも言えないが、もし食事が原因なら、うちの父親も遠からず認知症になりそうだ。そして、ますます頑固になって甘い炭水化物しか受け付けなくなるのだろうか。

なんとかそうならないよう阻止したいが…