魚と心臓とTMAO その3の続きである。
卵に多く含まれるコリンや、赤肉に多く含まれるカルニチンを摂取すると、その一部が腸内細菌によってTMAとなり、それが吸収されて肝臓の酵素によってTMAOとなる。これが動脈硬化の元凶となりうることが報告されている。
一方、魚にはもともとTMAOが大量に含まれており、魚を食べるとそのままTMAOとして吸収されるので、血漿TMAOレベルが卵や赤肉摂取時よりも桁違いに上昇する。
しかし、魚の摂取は動脈硬化および心血管疾患リスクを低下させることが知られている。
TMAOの原料の1つとされるコリンは、重要な栄養素の1つでもある。
アメリカでは摂取目安量が設定されていて、1日あたり成人男性で550 mg、女性で450 mg(授乳婦は550 mg)とされている。
コリンの摂取量はコレステロール摂取量から推定されるらしい。日本では2005年に300 mg/ 日程度のコリンを摂取していると試算された。同じ計算方法で求めた2015年での推定摂取量は、250 mg/ 日程度となり、諸外国での推奨値をかなり下回っているらしい。(ここ)
コリンを多く含む食材には、コレステロールも多く含まれている。
コリンには、遊離コリンと、ホスファチジルコリン(PC)、スフィンゴミエリン(SM)、グリセロホスホコリン(GPC)など、コリン-リン脂質の親水性塩基部分が含まれる。
これらをまとめて「総コリン」とすると、100 gあたりの含有量は以下の通り。(ここ)
牛レバー 418 mg
鶏レバー 290 mg
卵 251 mg
小麦胚芽 152 mg
ベーコン 125 mg
乾燥大豆 116 mg
豚肉 103 mg
レバーや卵がダントツに多くコリンを含むが、これらはコレステロールを多く含む食材でもある。日本では、これまでずっとコレステロール摂取を減らせと強く言われてきた。いや、過去形じゃなく、今でもそうだ。そのためにレバーや卵、豚肉の摂取を控えると、コリンの摂取量も減ってしまうだろう。
日本ではコリンについて推奨される摂取量が設定されていないために、不足していても問題視されていないのが現状だ。ホスファチジルコリンは認知機能との関連が指摘されているのだが。(ここ)
ちなみに、コリンはレシチンと混同されがちだが、レシチンとはリン脂質を指し、その中にコリンが含まれる。卵黄レシチンにはホスファチジルコリンが84.3%含まれるが、大豆レシチンには33.0%しか含まれていない。(ここ)
コリンの生理機能の一側面:トリメチルアミン -N- オキサイド(ここ)によると、
このように,卵の摂取は血中 TMAO レベルを上昇させる可能性があるが,最近のメタ分析の結果は,健常者では卵の長期摂取と CVD リスクとの間に相関性がないことが示されているので,問題は複雑である。糖尿病患者については,とくに米国人についてのみ卵の摂取が CVD リスクと相関することが観察されているが,2型糖尿病患者では TMAO レベルが高いことが報告されており,腎臓からの TMAO 排泄障害の可能性も考えられる。加えて,腎疾患者では TMAO の蓄積が見られることなどを合わせ考えると,TMAO はほとんどすべての死因に対する強い予知指標である可能性もある。
むむ、ちょっと気になることが書いてあった。2型糖尿病患者ではTMAOレベルが高い?
どうやらこのデータのようだ。(ここ)
TMAOレベルを5 µM未満と以上に分けると、Diabetes Mellitus患者がそれぞれ31%と51%と、TMAOが5 µM以上の群に有意に糖尿病有病者が多かった。
TMAOが5 µM以上の群ではeGFRが有意に低かったので、やはり腎機能低下によるTMAO排出障害が関係しているのかもしれない。
たしかに、TMAOは心血管疾患特異的というよりは、全身の機能低下のマーカーになるのかも。
ホスファチジルコリンには、心血管疾患を改善する効果も知られているらしい。
脂質の吸収を低下、肝脂肪の低下、HDL-cの放出促進、炎症の低減という効果があるようだ。
また、先に書いたように、ホスファチジルコリンは認知機能にも重要だと言われている。
神戸大学循環器内科の山下智也氏が2020年に開催された第84回日本循環器学会学術集会(JCS2020)で発表した内容によると、腸内細菌のカルニチンTMAリアーゼ(カルニチンを基質としてTMAを生成する酵素)が心不全患者の血中TMAO濃度に影響することが示された。(心不全治療のターゲットとして腸内細菌酵素が有望か)(ここ)
上記リンク先の記事によると、
心不全を人為的に作るモデルマウスで血中TMAO濃度を検証した結果、心不全を発症すると血中TMAO濃度が上昇することから、「少なくとも、血中TMAOは心不全の“結果”として上昇するものであると言える」と山下氏はいう。
ただし、
コリンを投与してTMAO濃度を上昇させると左室駆出率が低下する、コリンTMAリアーゼ阻害薬を投与すると心不全が改善するといったデータもあることから、“原因”であることも示唆され、「血中TMAOは心不全おいて、原因と結果の両方になり得る」と山下氏は考えている。
つまり、血中TMAOレベルは原因なのか結果なのか、決着がついていない状況だ。
まだまだ論争中、研究途上のテーマであり、軽率に「TMAO(その供給源となるコリンとカルニチン)を忌避すべき!」という結論に飛びつかないほうがいいかもしれない。
「魚と心臓とTMAO その3」で紹介した、魚を摂取したときのTMAOレベル上昇を報告した論文に、興味深いことが記載されていた。
被験者たちは、試験の前日に以下の食品の摂取を避けるように指示されていた。
・グレープフルーツジュース
・インドール含有野菜(ブロッコリー、芽キャベツ、キャベツ、カリフラワー、ケール、チンゲンサイ)
これらは、肝臓でTMAをTMAOに変換する酵素であるFMO3の酵素活性を阻害し、TMAO代謝を変化させる可能性がある、とのこと。
ということは、もしかしたら、ヴィーガン/菜食主義者はこれらの食材を大量に日常的に摂取しているためにFMO3活性が低下しており、そのためカルニチンを摂取してもTMAOレベルが上昇しなかったという可能性はないだろうか?(その2の記事で紹介した論文ではTMAOレベルは調べていたが、TMAのデータは記載がなかった。TMAも調べていたら、もしかしたらTMAレベルは上昇していた可能性があるのでは?)
仮に、卵のコリンや赤肉のカルニチンの一部からTMAが生成されたとしても、インドール含有野菜を日常的に摂取していれば、TMAからのTMAO生成を回避できるのではないだろうか。
また、魚自身はその体内に大量のTMAOを持っているが、だからと言って動脈硬化や心筋梗塞にはならないだろう(そもそも魚類に動脈硬化があるのか知らんけど。脂ののったブリなんかは、動脈硬化を起こした不健全な状態なんだろうか???)。
TMAOがヒトやマウスの動脈硬化を引き起こすのだとしたら、魚はその体内にTMAOの有害作用を打ち消す成分を持っているのかもしれない。
なので、魚を食べると血中TMAOは桁違いに上昇するが、打ち消す成分も同時に摂取できるので、逆に動脈硬化および心血管疾患リスクを下げることになるのかもしれない。
一部の界隈では、動脈硬化=LDL-c悪玉説で味をしめた(スタチンがドル箱になった)製薬会社が、近年はLDL-c悪玉説の先行きが怪しくなってきたために、次なる製薬ターゲットとしてTMAOを探し出してきた、なんてことを主張しているようだ。
わたしは陰謀論は好きではないが、LDL-c悪玉説もTMAO悪玉説も、ちょっと眉にツバをつけて距離を置いて眺めている。
そんな単純な話じゃないんだよ、きっと。 終わり。