昨日アップした記事、

インフルエンザでは陽性にならない

ということの詳細を述べてみたい。

 

まず、日本でおこなわれている新型コロナウイルスのPCR検査。

基本的には国立感染症研究所が示した手順に則っておこなわれていると思う。

病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.9.1

もしかしたら民間の検査会社では

海外の検査キットを導入しているかも知れないが、

リアルタイムRT-PCR法の原理はどんなキットでも共通だ。

ここでは国立感染症研究所の検査方法を詳細に見ていく。

 

このマニュアルの9ページ目からが、リアルタイムRT-PCRの手順となる。

10ページ目の4行目に、参照サイトが記載されている。

これは、2020年1月13日にドイツなどのグループが発表した、

リアルタイムRT-PCRプロトコールである。

Diagnostic detection of Wuhan coronavirus 2019 by real-time RT- PCR

 

一刻も早く新型コロナウイルスを診断できるよう、

新型ウイルスのゲノム情報が続々と報告されている段階で

検査の方法を確立したもののようだ。

 

感染患者からウイルスが単離され、

そのゲノム配列(RNA配列)が明らかになってくると、

この新型ウイルスはSARSウイルスとかなり近縁であることが分かった。

そこで、SARSウイルスと共通している領域を用いて

リアルタイムRT-PCR用のプライマーとプローブを設計した。

 

 

 

これは新型コロナウイルス(上)とSARSウイルス(下)の

ゲノムの模式図である。

細かいことは省略するが、このゲノムの中から3つの領域が選ばれた。

RdRp、E、Nの3つである。

矢印で示してあるのがプライマー、

矢印に挟まれている四角がプローブを表している。

 

PCRというのは、

プライマーに挟まれた部分をどんどん増幅する反応だ。

そのとき、プライマーの間に結合していたプローブが分解される。

プローブは蛍光色素で標識されていて、

分解されて初めて蛍光シグナルが検出されるようになる。

検体に含まれるほんの少しのウイルスRNAが増幅されることで、

蛍光強度がどんどん高くなり陽性と判定される。

検体に全くウイルスのRNAが入っていなければ増幅されることはないので、

蛍光シグナルは検出されず陰性と判定される。

 

このとき、本当にPCR反応がきちんとできているのか確認するために、

ポジティブコントロールが必要となる。

しかし、新型のウイルスの場合、ポジコンとして使えるサンプルは存在しない。

 

そこで、SARSウイルスのゲノム配列と共通している領域であれば、

SARSウイルスのゲノムをポジコンとして利用することができるのだ。

こちらは何年も前から研究されているので、サンプルは豊富に存在している。

 

たとえばN領域の配列を見てみると、

 

 

小さくて分かりにくくて申し訳ない。

興味のある人はリンク先にあるオリジナルの図で確認してほしい。

 

赤く色づけしたものが新型コロナウイルスの配列で、

黄色で色づけしたものがSARSウイルスの配列である。

この図の見方は、赤い配列を参照として、

同じ塩基ならドット(・)で表し、

異なる部分のみ塩基が記載されている。

 

たとえば黄色で色づけしたSARSウイルスでは、

新型コロナウイルスと1か所のみ異なる部分がある。

それは右から6番目、新型コロナウイルスではTであるところ、

SARSウイルスではCになっている。

プライマーのこのくらいの位置での1塩基の違いくらいなら、

PCR反応は問題なく進むことが多い。

 

なので、検体にSARSウイルスが存在すると陽性と判定されるわけだが、

今現在でSARSの感染者は存在しない(存在していたら大問題である)。

したがって、このリアルタイムRT-PCR検査で陽性と判定された検体は、

新型コロナウイルスに感染していると見なすことができる。

 

この論文の付図では、

近縁のコウモリ由来コロナウイルスの配列を全て並べて比較してある。

(そのうちヒトに感染するのは今回の新型とSARSのみ)

興味のある人はぜひオリジナルでチェックしてほしい。

近縁と言ってもポツポツと異なる塩基が見られる。

これが、ほかのコロナウイルス(MERSやヒトコロナウイルス)では

もっと異なるはずだ。

まして、コロナ以外のウイルスでは、

塩基配列がどこまで似ているのか疑問である。

塩基配列が大きく異なるなら、

このプライマー、プローブではPCR反応は進まない。

したがって、陽性にはなり得ない。

そして、当然のことながら、論文ではそのことをきちんと確かめている。

リンク先のTable3に調べたウイルスがリストアップされているので、

知りたい人は確認してほしい。

ただし、これはドイツなどのグループでの話。

日本のPCR検査については後述する。

 

このグループは3つの領域をリアルタイムRT-PCRの標的として成功したが、

国立感染症研究所が同じようにプライマーとプローブを用いて確認したところ、

N領域のみ上手く反応し、RdRpとEの領域では反応が上手くいかなかった。

これは、同じ配列のプライマーやプローブを用いたとしても、

その他の試薬や検出装置の違いによると考えられた。

この辺りのことは、以下に報告されている。

Development of Genetic Diagnostic Methods for Novel Coronavirus 2019 (nCoV-2019) in Japan

 

そこで、日本は独自にN2セットという別の領域のプライマー、プローブを設計した。

そして、ドイツなどのグループが設計したN領域のセット(Nセット)と、

N2セットの2か所でリアルタイムRT-PCRをおこない、感染の有無を調べている。

 

国立感染症研究所でも、ほかのウイルスは検出しないことを確認している。

当たり前の話だが、新型コロナウイルスとよく似た症状を示すウイルスに

このPCR検査が反応してしまっては全く意味がないからである。

リンク先7ページの下部にこのように簡単に記載されている。

Both sets showed sufficient sensitivity (~5– 50 copies for the control RNA) and no cross-reactivity with other respiratory viruses. The pathogens tested were those used previously (6).

つまり、新型コロナウイルス以外の呼吸器疾患をもたらすウイルスとは

交差反応しなかった。

どのようなウイルスに対して調べたかは過去の文献6に記載されているとのこと。

なので、文献6を見てみた。

An ultra-rapid real-time RT-PCR method for detecting Middle East respiratory syndrome coronavirus using a mobile PCR device, PCR1100

これは、国立感染症研究所がMERSウイルスの検出法について報告した論文である。

この論文のTable3が、交差反応を調べた結果である。

この表と同じように、新型コロナウイルス用のPCR検査キットもテストをおこない、

全て陰性結果となることを確認したというわけだ。

この表と異なる点は、

SARSウイルスでは陽性となり、MERSウイルスでは陰性となる点のみだろう。

そのほかに調べているのは、

HCoV-229E(通常の風邪をもたらすヒトコロナウイルス)

HCoV-NL63(同上)

HCoV-OC43(同上)

HCoV-HKU1(同上)

Human orthopneumovirus(RSウイルス)

Human metapneumovirus(ヒトメタニューモウイルス)

Human respirovirus 1(パラインフルエンザウイルス)

Human respirovirus 3(パラインフルエンザウイルス)

Human adenovirus 3(アデノウイルス)

Human adenovirus 4(アデノウイルス)

Human adenovirus 7(アデノウイルス)

influenza virus H1N1pdm(新型インフルエンザウイルス)

influenza virus H3N2(A型インフルエンザウイルス)

influenza virus B(B型インフルエンザウイルス)

以上である。

これら全て、新型コロナウイルス検出用のPCR検査では

陰性となることが確認されている。

 

では、なぜ、新型コロナウイルスPCR検査キットで

インフルエンザや通常の風邪ウイルスが陽性になるという話になったのか。

それは、Creative Diagnostics社のPCR検査キット製品ページの記載が

誤解の原因となったと思われる。

4月13日のブログ記事でも書いたのだが、たしかに

non-specific interference of Influenza A Virus (H1N1), Influenza B Virus (Yamagata), Respiratory Syncytial Virus (type B),

Respiratory Adenovirus (type 3, type 7), Parainfluenza Virus (type 2), Mycoplasma Pneumoniae, Chlamydia Pneumoniae, etc.

という記載があるのは事実だ。

しかし、これらのウイルスで「陽性」になるとは書かれていない。

non-specific interference、つまり非特異的な干渉がある、

と書かれているのだ

 

呼吸器系の症状を示している人は、

もしかしたら複数の原因ウイルスに罹患している可能性もあるのだろう。

新型コロナウイルスの他に、同時にインフルエンザにも罹っているというように。

すると、検体中には複数のウイルスRNAが含まれてしまう。

その結果、新型コロナウイルスに対するPCR反応が阻害されてしまい、

本来なら「陽性」となるべきところが「陰性」となってしまう可能性がある。

そういう注意を促しているのだと思われる。

 

以上、わたしが調べた限りで分かったことをまとめてみた。

PCRの原理を知っている人ならすんなり納得できると思う。

そうでない人も、この検査法はきちんと他のウイルスでも確認されていて、

陽性反応は出ないと報告されていることを

納得してもらえたと思うのだが、どうだろうか?

 

ふぅ。

ちょっと本気出してもうた。

糖尿病のブログなのに。

アメブロ運営に怒られるわー

 

(わたしは臨床検査やウイルス感染については全くの素人なので、

間違っている点がありましたら指摘していただけると嬉しいです)