ボブ・ディラン入門アルバム『はじめてディラン』、浦沢直樹の漫画付きで本日2/14発売!ボブ・ディランの偉大なる足跡。

 

ディランの偉大なる足跡が浦沢直樹の描いた漫画「BOB DYLANの大冒険」とともに鮮やかに色めく!

ディランを知る上で欠かせない、珠玉のような12の歌が並んだ入門アルバム。ディランのアーカイブを前例のない視点で紹介する書籍『Mixing Up The Medicine』(翻訳本は発売未定)に合わせて発売された今作は、ディランの名を一躍広める事となった60年代初頭発表の代表曲「風に吹かれて」、全米2位の大ヒットを記録した「ライク・ア・ローリング・ストーン」、エリック・クラプトンやガンズ・アンド・ローゼズのカヴァーでも知られる「天国への扉」を始めとした歌が並ぶ究極のベスト・アルバム。

日本盤にはディランの長く輝かしいキャリアがいきいきと解りやすく、愛情豊かでコンパクトにまとめられた浦沢直樹の漫画「BOB DYLANの大冒険」(全30ページ)を付属する。北中正和の書き下ろし解説と佐藤良明による歌詞・対訳も収録され、特にはじめてディランを聴く人には最適の企画だ。

▼2月14日発売 『はじめてディラン』特設サイトはこちら

https://www.110107.com/my1st_Dylan

<収録曲について:LP | CD

A-1 | 1.時代は変る

1964年のディランを代表する1曲だが、アメリカではシングル・カットされなかった。アルバムのタイトルでもあったこの曲は「いいかい母さん / 国中の父さん / 理解できていないことに / 口を挟むのはやめてくれ」と歌われ、固定概念にとらわれる愚かさを指摘し変化への柔軟性を訴える。この歌が録音された前後にケネディ大統領が暗殺される事件が起きており、そうした時代のムードを纏った、激動の六十年代を反映した歌として語られる事が多いが、現代にも通用するメッセージを持っており、詩人としての力量を既に発揮。時にディランは、22歳だ。

A-2 | 2.風に吹かれて

「風に吹かれて」は1963年のセカンド・アルバム『フリーホイーリン』の1曲目に収録され、後にシングル・カットされるもののディラン自身の歌はチャート・インしなかった。しかしながら同年にピーター、ポール&マリーがカヴァーしたシングルが全米2位のヒット、1966年にはスティーヴィー・ワンダーのカヴァーが全米9位を記録した。反戦や公民権運動などでの集会や行進で歌われる事が多く、ボブ・ディランはプロテスト・ソングのソングライターとして一躍注目を集めるキッカケとなった。いつの世にも通底する、時代を超越したこの歌は毎年のように数多くのカヴァー曲を生んでおり、ディランの代表曲にあげる人が多い。

A-3 | 3.ライク・ア・ローリング・ストーン

1965年7月発売の「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、当時としては常識破りの6分を超えるシングルながら全米チャート2位を記録する大ヒットとなった。首位獲得を阻んだ、この時の1位はビートルズの「ヘルプ」だが、発売からおよそ40年たった2004年特集の<ローリング・ストーン誌の選ぶ偉大な500曲>では見事1位に輝き、ロック史において如何に多大なる影響を及ぼし続けてきた歌なのかを明確に示す結果となった。ちなみに「ヘルプ」は29位だった。このシングルを収録したアルバム『追憶のハイウェイ61』は60年代を代表するロックの名盤と謳われる。

A-4 | 4.サブタレニアン・ホームシック・ブルース

1965年6月に日本で初めて発売されたボブ・ディランのシングル曲。アメリカでは先行して3月に、アルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』からの第一弾シングルとして発売され、ディラン初のTOP40ヒットを記録する。本格的にエレクトリック・サウンドを打ち出した時期を代表する曲の一つで、当時日本コロムビアから発売されたこのシングルのコピーには「ウェスタン調ロックにつづる哀愁」とある。ディランがカメラを見つめながら、歌詞の書き込まれたキューカードを放り投げ続けていく映像は、ミュージック・ビデオの歴史のなかで、その礎となった作品と位置づけられている。

A-5 | 5.見張塔からずっと

全米20位にランクしたジミ・ヘンドリックスのカヴァーで知られるようになった「見張塔からずっと」は、オートバイ事故により暫く姿をくらましていたディランが1967年に発表したアルバム『ジョン・ウェズリー・ハーディング』に収録した代表曲の一つだ。この歌は、ジョーカーと泥棒の会話という形を取りながら、ディランならではの世界観や終末観を皮肉を込めて描いてゆくもの。ナッシュヴィルでチャーリー・マッコイ、ケニー・バットリーをバックに3人で録音された。ディランはライヴではロック・ヴァージョンで歌い続け、今やもっとも多く歌っている曲の一つになった。

A-6 | 6.レイ・レディ・レイ

「レイ・レディ・レイ」は1969年作『ナッシュヴィル・スカイライン』に収録されたラヴ・ソングで、元々は同年の公開映画『真夜中のカーボーイ』の主題歌に予定されていたものの締切に間に合わなかったために採用されなかった。ちなみに主題歌にはニルソンが歌う「うわさの男」が使われた。映画は後にアカデミー作品賞を獲得したことを考えると残念な気もするが、「レイ・レディ・レイ」はディランの反対をよそにシングル・カットされ、全米7位のヒットを記録。美しいカントリー・タッチのバラードは、ディランらしからぬ甘く澄んだ声で歌われたため驚きをもって迎えられ大きな話題となった。

A-7 | 7.いつまでも若く

生まれてきた息子に向けて、こう育ってほしいという父親からの思いを伝えるために作ったと言われている「いつまでも若く」は、「いつも勇気を失わず/まっすぐに立ち、強くあるよう/きみに祈る、いつまでも、若くあれ」と歌われ、ディランの作品の中では、解り易い歌詞のバラードだ。祈りにも似たこの曲は、後にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の前で歌われもした。1974年発表作『プラネット・ウェイヴズ』に2種類のヴァージョンが収録されてる。レーベルを移籍して発売されたこのアルバムは、ザ・バンドとの久々の共演でも大きな話題を呼び、ディランにとって初の全米1位を獲得した作品となった。

 

B-1 | 8.ブルーにこんがらがって

全米No.1を記録し、ディランの最高傑作にあげられる事が多いアルバム『血の轍』は、1974年9月にニューヨークで録音され発売を待つばかりだったが、もっと別のアプローチでつくられるべきと感じたディランによって、12月末に収録曲のうちの5曲をミネアポリスで録音し直す。その中の1曲が「ブルーにこんがらがって」で、アルバムの冒頭を飾っていた。時間の感覚を無くし、登場人物は一人称から三人称にまで至る歌で、恋愛における後悔が頭から離れず迷い続ける主人公の姿が素早いテンポで描写されてゆく。一枚の絵を描くように作り上げてみたかったとディランは語った。

B-2 | 9.ハリケーン

1976年発表作『欲望』の冒頭に収録されていたシングル曲。3人の白人を銃で撃ち殺したとされる事件で無罪を主張するが、警官による証拠隠蔽工作などで終身刑を言い渡された黒人ボクサー、ルービン“ハリケーン”カーターについて歌ったものだ。カーターが自伝 "The Sixteenth Round" を出版、事件を知る事となったディランは彼の無実を訴えたメッセージ・ソングを書き上げる。社会の不条理を荒々しく歌い綴る物語形式の曲は8分を超えるが、全米33位にランクするヒットとなった。尚、冤罪だとわかりハリケーンが自由の身になったのは、1988年だった。

B-3 | 10.天国への扉

ボブ・ディランが初めて映画出演した『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』はサム・ペキンパーが監督を務め、無法者のビリー・ザ・キッドと保安官パット・ギャレットの複雑な友情が入り混じった関係と二人の避けられぬ対決を描いた作品だ。エイリアス役で登場するディランは、ビリーに憧れを抱きながらも翻弄される演技を披露する。映画はヒットには至らなかったが、ディラン初のサウンドトラック盤からシングル・カットされた「天国への扉」は全米で最高12位を記録。この歌には数多くのカヴァーが存在しエリック・クラプトン、ガンズ・アンド・ローゼズらのヒットがよく知られている。

B-4 | 11.メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ

ボブ・ディラン作にしては驚くほどひたむきでピュアな愛の歌は、カヴァーによって一躍知られる事になった。最初はビリー・ジョエルが1997年発売『ビリー・ザ・ベスト 3』に収録しシングル・カット、ガース・ブルックスは1998年にカヴァーしカントリー・チャートで見事1位を獲得、2008年にはアデルがデビュー作で取り上げシングル・カットした。彼ら以外にも数多くのアーティストによってカヴァーされ、幅広く愛されている。ディラン自身の歌は、1998年のグラミー年間最優秀アルバムに輝く『タイム・アウト・オブ・マインド』に収録された。また2019年公開の日本映画『七つの会議』の主題歌に使われた。

B-5 | 12.シングス・ハヴ・チェンジド

シングル「シングス・ハヴ・チェンジド」はマイケル・ダグラス主演の映画『ワンダー・ボーイズ』の主題歌として使われ、アカデミー賞歌曲賞とゴールデン・グローブ賞主題歌賞を獲得した。普遍的なテーマを歌った「時代は変る」を21世紀を迎えた2000年に新たに再構築したような趣があり、味わい深い出来上がりでディランを代表する1曲になった。ミュージック・ビデオは映画からのシーンを上手く取り入れて編集されており、ディランが主演であるかのように演技していて見応えがある。アカデミー賞で授与されたオスカー像をステージ上に飾ってツアーをしており、ディランの誇りと喜びが伝わる。

 

<プロフィール>

風に吹かれて、転がる石のように約半世紀・・・ロックの時代を作り、そして変革し、様々な人々の人生に影響を与え続け、自ら進化し続ける“ロック界最重要アーティスト”ボブ・ディラン。1941年5月24日、ミネソタ州デュルースで生誕。現在82歳。本名ロバート・アレン・ジマーマン。1962年にアルバム『ボブ・ディラン』でデビュー。翌年、歴史的プロテスト・ソング「風に吹かれて」を含む『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』を発表。その後フォークからロックへの転換は物議を醸し、『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』『追憶のハイウェイ61』『ブロンド・オン・ブロンド』といった60年代を代表する歴史的名盤を発表。ロックの殿堂入り、グラミー賞、ゴールデン・グローブ賞、アカデミー賞(主題歌賞)他、数多くの賞も受賞。

全世界アルバム・トータル・セールスは1億2500万枚を超え、39作のオリジナル作品、ライヴやコンピレーションを合わせると60タイトルを超え、600曲以上の自作曲、そして世界中で2千回以上のライヴを行い、半世紀以上に渡って常に第一線で活躍している唯一のアーティスト。過去11度のグラミー賞受賞(1991年にはグラミー特別功労賞受賞)、1982年には「ソングライターの殿堂」入り、1988年には「ロックの殿堂」入りを果たした。また「ライク・ア・ローリング・ストーン」は米ROLLING STONE誌にてロック史上最高のシングルに選定。2008年4月、音楽界では初めてとなるピューリッツァー賞(特別賞)を受賞。1990年にはフランスの芸術文化勲章、2000年にはスウェーデンのポーラー音楽賞を受賞したほか、セント・アンドルーズ大学(スコットランド)やプリンストン大学(米ニュージャージー州)をはじめとするいくつもの大学で博士号などを多数受賞している。2012年にはオバマ米大統領から文民最高位の「大統領自由勲章」授与。2016年にノーベル文学賞の授賞が発表される。

来日歴は1978年の初来日以降、ボブ・ディランは9回の日本ツアー(1978年、1986年、1994年、1997年、2001年、2010年、2014年、2016年、2023年)に加え、2回のフェスティヴァル出演(1994年5月のGMEあおによし、2018年7月のフジロックフェスティヴァル)(ボブ・ディランの来日公演歴:https://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/info/467646 )

 

詳細なバイオグラフィーはこちら  https://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/profile/

 

<商品詳細>

マイ・ファースト・ディラン。

ボブ・ディラン 『はじめてディラン』

MIXING UP THE MEDICINE / A RETROSPECTIVE

2月14日発売 ♧ 漫画とエッセイ:浦沢直樹 ♧ 解説:北中正和、歌詞・対訳(佐藤良明)付

 

■LP:輸入盤国内仕様 ● SIJP 157 ● \4,180(税込)

 

■CD:Blu-spec CD2 〇 SICP 31686 〇 \2,640(税込)

 

収録曲:LP | CD

A-1 | 1.時代は変る

A-2 | 2.風に吹かれて

A-3 | 3.ライク・ア・ローリング・ストーン (全米2位)

A-4 | 4.サブタレニアン・ホームシック・ブルース (全米39位)

A-5 | 5.見張塔からずっと

A-6 | 6.レイ・レディ・レイ (全米7位)

A-7 | 7.いつまでも若く

B-1 | 8.ブルーにこんがらがって (全米31位)

B-2 | 9.ハリケーン (全米33位)

B-3 | 10.天国への扉 (全米12位)

B-4 | 11.メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ

B-5 | 12.シングス・ハヴ・チェンジド (アカデミー歌曲賞)

 

<関連サイト>

●日本オフィシャル・サイト→ http://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/

●海外オフィシャル・サイト: → https://www.bobdylan.com/