ボスの有名なファンジンBACKSTREETSで掲載された、素晴らしいレビューのざっくり訳です。

 

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The Backstreets Review of ノー・ニュークス・コンサート1979

2021年11月19日 - ジョイス・ミルマン 記

 

新作フィルム『ノー・ニュークス・コンサート1979』で、ブルース・スプリングスティーンとトム・ジムニーは、MUSE(Musicians United for Safe Energy)が主催したオールスター・ベネフィット・コンサートでの、スプリングスティーン&Eストリート・バンドがヘッドライナーを務めた2つの公演の、長い間埋もれていた映像を救出した。9月21日と22日に行われたマディソン・スクエア・ガーデンでのコンサートを1つにまとめた『ノー・ニュークス・コンサート1979』は、スプリングスティーンとEストリート・バンドが、当時最もスリリングなライヴ・ロックンロール・バンドであったことを証明する、90分間に凝縮されたライヴだ。

 

ニューヨークのパワー・ステーションで後にリリースされる『ザ・リバー』をレコーディングするためにスタジオに籠っていた彼らにとって、このライヴはこの年の唯一の公の場だった。スプリングスティーンの演奏時間は両日とも1時間30分で、『闇に吠える街』のツアーと比べると、No Nukesのコンサートは約半分の時間しかなかったが、「明日なき暴走」、「バッドランド」、「涙のサンダーロード」、「ロザリータ」、「ジャングルランド」、「デトロイト・メドレー」といった名曲の数々が全開で演奏されている。この伝説の1979年ノー・ニュークス・コンサートは、スプリングスティーン&Eストリート・バンドが、衝撃的なライヴ・パフォーマーとしての評価を確固たるものにした瞬間のドキュメントともいえる。昔からのファンも、そうでない人も、孫でも、火星から来た地球外生命体も、誰にでもこの映像を見せて、「これがブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドだ」と言えば、理解してもらえるはずだ。

 

 

『ノー・ニュークス・コンサート1979』では、スプリングスティーンは1曲目の「暗闇を突走れ」で、まるで大砲から発射されたようにステージに登場する。顔には満面の笑みを浮かべ、飛び出しナイフのようにギターを振り回し、回転させ、ステージ上を駆け巡る。そして、彼のエネルギーはバンドに伝染していく。クラレンス・クレモンズはサックスを振り回し、会場中を盛り上げ、最高の演奏で全盛期の姿を見せる(「ジャングルランド」でのしなやかでヴェルベットのようなソロは、ライヴ・バージョンの決定版かもしれない)。ダニー・フェデリーシのオルガンはグルーヴし、「クォーター・トゥ・スリー」ではクラレンスと一緒にドゥーワップのバッキング・ヴォーカルも歌っている。Eストリート・バンドは、ミーン・ストリーツとR&Bレヴューのようでもあり、リーダーの熱狂的な思いつきに沿って臨機応変に演奏、完璧なまでにタイトで、パンク・バンドに匹敵する物凄いテンポで演奏している。

 

この時期のEストリート・バンドのコンサートをプロショットで撮影したものが少ないことから、この映像はより重要なものとなっている。最近のローリングストーン誌のインタビューで、スプリングスティーンは、当時、映画やテレビはEストリート・バンドのライヴの熱気を表現するには不向きなメディアだと考えて、敬遠していたと説明している。しかし、1980年に公開されたドキュメンタリー映画『No Nukes』の撮影監督、アカデミー賞受賞者のハスケル・ウェクスラーが撮影した16ミリ・フィルムは華やかでレトロな温かみがある素晴らしいものだった。それをトム・ジムニーが修復、再編集し、スプリングスティーンの音の魔術師であるボブ・クリアマウンテンによって新たにリミックスしたものが『ノー・ニュークス・コンサート1979』だ。

 

 

オリジナルの「No Nukes」の撮影では、最前列とステージ上で手持ちカメラを使って撮影している。そのため、まるでピットにいるかのように、ブルースの表情を読みとったり、バンド・メンバー同士のアイコンタクトまで捉えることができる。この『ノー・ニュークス・コンサート1979』は、ナレーションやインタビューもなく、スプリングスティーンとEストリート・バンドが全力で演奏しているだけだ。あなたをその当時の会場に引き込み、マディソン・スクエア・ガーデンでの二夜がどのように見え、どのように感じ、どのように聴こえたかを爽快に伝えてくれる。私はそのうちの一夜に参加したので、それがよくわかるのだ。

 

1978年のダークネス・ツアーで初めてスプリングスティーンのライヴを見たとき、私はその旋風の中に吸い込まれていった。1979年9月、私はさらなる欲求に駆られていた。私の友人であり、同じスプリングスティーン・ファンであるホリー・キャラ・プライスは、ロックンロールという情熱を追求するために、ボストンからニューヨークに移り住んでいた。ある日、彼女は私に電話をかけてきて、ブルースの誕生日の前日9月22日のNo Nukesショーのチケットを、アズベリーパークの伝説的人物であり、スプリングスティーンの"first fan"とも呼ばれているオビー・ディジエジッチの好意で手に入れたという奇跡的なニュースを伝えてきた。私はボストン大学を卒業したばかりの22歳で、ロック評論家になろうとしていた。ボストンのフリーペーパー音楽紙の編集者に批評を売り込み、アムトラックに乗って初めてニューヨークに行った。あまりにも旅慣れていない私は、列車からペン・ステーションのメインフロアにどうやって上がればいいのか分からなかったくらいだ。

 

もしかしたら映像を見ただけでは9月21日と22日にマディソン・スクエア・ガーデンで行われたスプリングスティーンの観客がどれほど多かったかをわからないかもしれないが(スプリングスティーンが出演した2つのショーは、MUSEの5つのショーの中で唯一の完売だった)、私が行った夜は、偉大なるPeter ToshやGil Scott-Heronはほとんど無視され、Bonnie RaittやTom Petty and the Heartbreakersのセットでは、1曲ごとに「Bruuuuuce」という叫び声が聞こえてきた。午後23時45分にEストリート・バンドがステージに登場したときには、私たちはすでに4時間以上も待っていた。スプリングスティーンの誕生日に何かが起こるのではないかという期待感が、会場に漂っていた。

 

 

『ノー・ニュークス・コンサート1979』では、バンドが 「The Promised Land 」を終えた直後の真夜中に繰り広げられた騒動の一部を見ることができる。客席の誰かがスプリングスティーンにチョコレートのバースデーケーキを渡そうとする。彼は「思い出させるなよ」と言って、すぐにケーキを観客の上に投げつけた。スプリングスティーンは、手についたケーキを舐めながら、「洗濯物の請求書を送ってくれよ」と言った。このケーキ・トスは、当時から少し変な感じだったが、映像では今でもそのように見える。(映像には映っていないが、スプリングスティーンが元ガールフレンドのリン・ゴールドスミスが無断で写真を撮ったとしてをステージに上げ退場させられた事件があった) ケーキ・トスの後、スプリングスティーンは、この時点ではまだ未発表だった「ザ・リバー」を披露することで、それ以上のお祝いを封印した。これは、ガーデン全体がパーティーの準備をしていたことを考えると、大胆な行動だった。 

 

 

その夜、ホリーと私、そして友人たちは、目を奪われ、「The River」の知らない歌詞のひとつひとつに耳を傾け、初めて聞く物語の強烈さに呆然としていた。私はその言葉を走り書きした。"メアリーを孕ませてしまった"、"近頃は不況であまり仕事がない"、"叶わぬ夢は偽りなのか、あるいはもっと悪いものなのか"。フォークソングのような形態をとってるが、よりハードなエッジが効いていた。

 

「The River」の映像の大部分はでは、スプリングスティーンのクローズアップショットで、語り手に深く入り込んでいく。しかし、1980年に制作された映画「No Nukes」とは異なっている。トム・ジムニーは、スプリングスティーンがエルヴィス・プレスリーのようにマイク・スタンドを傾けて握って「The River」を歌っているフル映像を見つけたが、彼はhound dogsやteddy bearsについて歌っているわけじゃない。彼のポーズには複雑に渦巻くある種の緊張感がある。1980年に編集された「The River」と新しい「The River」の比較は、複数のカメラと2晩かけて撮影された映像を組み合わせたジムニーの編集者としての腕前を示すだけでなく、ジムニーがこの瞬間のパフォーマンスの意味をどれだけ理解しているかを物語っている。

 

 

この映像には全編を通して、スプリングスティーンは初披露だった「The River」を怒涛のように怒りを込めて朗読しているような姿が収められています。約束の地があっという間に奪われてしまったことへの戸惑いと裏切りの気持ちが込められている。

 

あの夜、ガーデンで、スプリングスティーンが最後に「干上がった川、失われた楽園」という身震いするようなヴァースを歌ったとき、私とホリーは顔を見合わせて、二人とも言葉を発することができなかった。

 

「ザ・リバー」の後、スプリングスティーンは明るく楽しいモードに切り替える。「大台を越えたら自分をもう信じちゃいけないな」とつぶやく。これは、60年代のカウンターカルチャーのスローガン、"Never trust anybody over 30"(30歳以上は信用するな)にちなんでいる。そして、後にアルバム『ザ・リバー』に収録されることになる「愛しのシェリー」(78年のツアーでも演奏されている)へとなだれ込み、いよいよパーティー・タイムとなる。「愛しのシェリー」では、ブルースが「後ろも忘れちゃいけない」と叫ぶと、バンドがステージ後方で盛り上がっているセクションに向かって演奏するという素晴らしい場面もある。

 

 

「Rosalita」(9月21日収録)は、スプリングスティーンとバンドのショーマン・シップが最高潮に達していることを示す曲で、ライヴの定番となっているおどけた演出も盛り込まれている。ブルースとクラレンスのおきまりのポーズ、ロイ・ビタンのピアノのリズムに合わせてステージを横切る二人、ブルースがクラレンスの足元に向かって膝でスライディング、「この世界の王たる男、宇宙の支配者」のバンド・イントロダクションなど、ライヴの定番となったおふざけが満載だ。スプリングスティーンは、バンド・イントロの間も踊るのを止められない。曲が終わる頃には、彼はステージを何周もして、行く手を阻むすべてのものに飛びつき、まるで動物園の猿が檻の鉄格子を跳ね除けるようにしています。そしてガーデンも彼と一緒に跳ねていた。

 

 

フィルムの最後の3分の1はアンコールで構成されており、ジャクソン・ブラウンがモーリス・ウィリアムスとゾディアックスの曲をカバーして大ヒットした「Stay」(9月22日の演奏)から始まり、ジャクソン・ブラウン、ローズマリー・バトラー、そしてトム・ペティ(70年代なのでタバコを吸いながら)が参加している。そして、熱狂的な「デトロイト・メドレー」(9月21日の演奏)、屋根を吹き飛ばすかのような「クォーター・トゥ・スリー」(9月22日の演奏)が続く。これらの曲には、ジェームス・ブラウンのように倒れこみ、エンディングかと思いきや、また再スタート、そして「俺はロックンロールの囚人だ」という雄叫びなど、この時代のブルースの古典的なシチュエーションがすべて含まれている。そして、クレジットが出て映画が終わったかと思ったら、ブルースとバンドがバディ・ホリーの「Rave On」(9月21日~)で復活するというエンディング。このようにして、このフィルムはブルースとバンドが2晩にわたって演奏したすべての曲を網羅している。

 

 

私は『ノー・ニュークス・コンサート1979』を、至福と悲しみの感情が入り混じった状態で鑑賞した。今はもうクラレンスはいない。ダニーもいない。その後、スティーヴ・ヴァン・ザントのアシスタントとなり、真の魂の弟子として正しい生き方をしたホリーは、2020年11月7日、乳がんとの猛烈な闘病生活の末に亡くなった。ここ10年ほどのスプリングスティーン・ファンダムはメランコリア一色だった。確かに、死や不在の友人、時間の経過を認めることは必要だし、ブルースが最近の作品で、年をとることがどれほど孤独なことかを正確に伝えたことは勇気あることだった。でも、もう泣いても振り返っても過去に戻ることはできない。

 

しかし、『ノー・ニュークス・コンサート1979』は、再び喜びを感じることができる絶好の機会を私たちに与えてくれた。私もこのコンサートに参加していたが、その記憶は曖昧になっている。今回、時間を巻き戻してこのショーを再び見ることができて、それが夢ではなかったこと、私たちがこんなに若かったこと、そしてその夜には本当に魔法があったことを知ることができたのは、何よりの贈り物だと思っている。

 

 

 

 

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●『1979年のブルース・スプリングスティーンとノー・ニュークス物語』(日本語字幕付)

 

●『ノー・ニュークス・コンサート1979』に寄せて(著名人コメント)

https://www.110107.com/bruce_1979_comment