ボブ・ディラン2016年4月4日(月)オーチャード・ホール<Day1>
初日ライヴレポート by 菅野ヘッケル


「よかった」「すごいな」コンサートが終わった直後、観客たちの会話があちこちから聞こえてきた。そう、本当によかった。大満足だ。

ボブ・ディランが2016年のネヴァーエンディング・ツアーを東京からスタートさせた。今回の日本ツアーは、東京10回、大阪3回、名古屋1回、仙台1回、横浜1回の計16回。2年前の来日公演はオールスタンディングのライヴハウス・ツアーだったが、今回は2001年以来となる全席指定のホール・ツアーだ。

7時ちょうどにステージが暗くなり、左手からスチュ・キンボールがアコースティック・ギターでトラディショナル曲「フォギー・デュー」を弾きながら姿を現した。同時にジョージ・リセリがドラムセットに座る。しばらくすると右手からトニー・ガーニエ、チャーリー・セクストン、ドニー・ヘロンが姿を見せる。最後にボブ・ディランが登場し、ステージ中央のマイクの前に立った。すぐに1曲目「シングス・ハヴ・チェンジド」がはじまった。ミニブレークを取り入れたアレンジで、軽快、かつ力強い歌声が会場に流れる。第1幕のはじまりだ。


ボブは黒のカントリースーツ、上着の前身頃と袖後ろ、パンツの両サイドに白い2本のストライプの飾り模様が施されている。おそらく2016年用に新調したのだろう。頭にはグレーのスペイン帽子をかぶっている。靴は白と黒のコンビのカントリーブーツ。5人のバックバンドも全員黒のスーツを着ている。マイクに前のボブは右半身で左手を腰に当て、「どうだ」とでも言いたげな姿勢で歌う。格好いいな。



2曲目「シー・ビロングス・トゥ・ミー」でボブがハーモニカを吹くと、どこの国でもそうだが観客は大歓声を上げる。みんなハーモニカが好きなんだ。でもハーモニカを吹くのは、この曲と「ブルーにこんがらがって」の2曲だけだ。4曲目、日本では初登場のフランク・シナトラに代表されるグレート・アメリカン・ソングブックのレパートリーから「ホワットル・アイ・ドゥー」。スタンダード曲をカヴァーするボブは、日本でどのような受け取られるのかなと思っていたが、観客はイントロがはじまった瞬間から歓声をあげる。ぼくが想像していた以上に好感を抱いているようだ。6曲目の「メランコリー・ムード」は、世界に先駆けて日本で先行発売されたばかりのニューレコードだ。この曲はオリコン・シングル・チャートで初登場23位にランクインした。ボブのシングルがオリコン・チャートにランクインしたのは、これが初めてということだ。うれしいな。

第1幕は10曲(昨年までは9曲だった)で構成されているが、そのうち4曲がスタンダード曲のカヴァーだ。スタンダード曲は歌詞がわかりやすい。しかもボブの声の調子も最高で、ヴォーカルが前面に出て明瞭に聞こえる。スタンダード曲を完全に自分のものとし、心の奥から魂を込めて歌っている。ぼくはメモに「うまい」と書き留めた。非の打ち所がないほど、完璧なステージを披露した。特にロマンティックな「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」、マイクスタンドをつかんで歌った神聖な「ザット・ラッキー・オールド・サン」(86年にも歌っているが、まったく違うアレンジ)はすごかった。第1幕を締めくくったのは75年の代表曲「ブルーにこんがらがって」。

「アリガトウ。すぐに戻ってくる」ボブは一言そう言ってステージを後にした。20分の休憩。

第2幕はバンジョーを効かせた「ハイ・ウォーター」ではじまった。第2幕は9曲で構成されているが、そのうち4曲がスタンダード曲だ。ザ・ナイト・ウィー・コール・イット・ア・デイ」で聞かせてくれたソフトで伸びのある高音のヴォーカルは見事としか言いようがない。第2幕を締めくくった「枯葉」のエンディングは感動的だった。木の枝を離れたひとひらの木の葉が、風に揺れながら地上に落ちる。「秋の木の葉が落ち始めた」ボブのヴォーカアルに合わせ、ギターが木の葉の揺れを奏でる。地上に落ちた瞬間、バンドがピタリと演奏を止め、照明が落とされる。完璧な終幕だ。


近年のコンサートではおなじみの曲となっている「スピリット・オン・ザ・ウォーター」だが、ボブが「ぼくのピークは過ぎてしまったと思っているのか?」と問いかけるように歌う箇所で、いつもなら観客は「ノー!」と叫ぶのだが、今夜はあまり反応がなかったようだ。ちょっと、寂しかった。今回のツアーではスタンダード曲とアルバム『テンペスト』の収録曲5曲が多く歌われる。『テンペスト』収録曲はいずれもすばらしいが、ぼくのお気に入りは「スカーレット・タウン」だ。

アンコールは「風に吹かれて」と「ラヴ・シック」。50年以上も前につくった曲で、数多くのアーティストがカヴァーしているボブの代表曲「風に吹かれて」だが、まるで最近つくったのかと思うほど力強いアレンジで歌われる。現在のボブの魂がこの歌にも棲みついているのだろう。最後に「ラヴ・シック」でボブが歌う。「あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」

こうして、ボブの初日が終わった。ロック、フォーク、カントリー、ブルース、ジャズ、スタンダード曲。多種多彩な音楽が楽しめる特別な一夜に大満足した。ありがとう、ボブ。
(菅野ヘッケル)

Live Photo by 土居政則


ボブ・ディラン
東急文化村オーチャード・ホール、東京
2016年4月4日

1. Things Have Changed (Bob center stage)
2. She Belongs To Me (Bob center stage with harp)
3. Beyond Here Lies Nothin' (Bob on piano)
4. What'll I Do (Bob center stage)
5. Duquesne Whistle (Bob on piano)
6. Melancholy Mood (Bob center stage)
7. Pay In Blood (Bob center stage)
8. I'm A Fool To Want You (Bob center stage)
9. That Lucky Old Sun (Bob center stage)
10. Tangled Up In Blue (Bob center stage with harp)
 
(intermission)
11. High Water (For Charley Patton) (Bob center stage)
12. Why Try To Change Me Now (Bob center stage)
13. Early Roman Kings (Bob on piano)
14. The Night We Called It A Day (Bob center stage)
15. Spirit On The Water (Bob on piano)
16. Scarlet Town (Bob center stage)
17. All Or Nothing At All (Bob center stage)
18. Long And Wasted Years (Bob center stage)
19. Autumn Leaves (Bob center stage)
 
(encore)
20. Blowin' In The Wind (Bob on piano)
21. Love Sick (Bob center stage)



●ボブ・ディラン2016来日公演スケジュール