５つ星獲得の米Rolling Stone誌のレビューです！
●ボブ･ディラン「テンペスト」 ローリング･ストーン誌レヴュー (8月30日付)
http://www.rollingstone.com/music/albumreviews/tempest-20120830
ボブ･ディランの35枚目のアルバムは、彼の心の中で炸裂する汽笛の音で始まる。彼は昔よく登った古い樫の木を見、柵越しにほほ笑んでいる女性の姿を想像する。彼は「我々の主の母」の声を聞くが、それでもなおあの汽笛は「まるで空がばらばらに吹き飛ばされるかのように」悲鳴を上げる。
「デューケイン･ホイッスル」のシンプルなサウンドからいかに多くのことが語られているかには驚かされる。
そのイメージはディランのキャリアそのもの、中でもこの10年間の作品を定義づけている。伝統的な形式から組み立てられ、愛、苦悩、死など普遍的なテーマについて書かれた音楽である。ロックの発祥以前の時代を彷彿とさせるジャジーなグルーヴを持つ「デューケイン･ホイッスル」は、2001年の『ラヴ･アンド･セフト』あるいは2006年の『モダン・タイムズ』、はたまた2009年の『トゥゲザー･スルー･ライフ』のいずれに収録されていても不思議ではない。しかし、この曲が終わりディランが汽車を降りると、彼のアルバム史上指折りの奇妙な作品が本格的に幕を開けるのだ。『テンペスト』は音楽的に多彩で変化球に満ちている。ディランの作品の中で最もダークなアルバムであるともいえよう。
本作に出てくる死者の数ひとつ取ってみても、他とは一線を画している。タイタニックの惨事を描いた曲(「テンペスト」)、3人による無理心中(「ティン･エンジェル」)、旧友ジョン･レノンの暗殺(「ロール･オン、ジョン」)。
「ペイ･イン･ブラッド」は猛威を振るう悪の姿を唸るようなヴォーカルで描く。ディランのマイクへの近寄りようは、痰の絡まる音まで聞こえてくるほどである。
デイヴィッド･イダルゴの奏でる、酒場で聞こえてきそうなブルース・アコーディオンが特徴の「アーリー･ローマン・キングズ」は、「シャークスキンのスーツに身を包んだ、好色で不誠実な」専制君主たちを彷彿とさせる。
歌詞は絶好調。ジョークを飛ばしたり、言葉遊びをしたり、手っ取り早い解釈を回避するたとえ話をしたり、興奮したフリースタイル･ラッパーのように他人の言葉を引用したりしている。
ディランとしては久々の強力なロック「ナロー･ウェイ」は、ミシシッピ･シークの1934年のブルース「ユール･ワーク・ダウン・トゥ・ミー・サムデイ」からコーラス部分を拝借している。
「スカーレット･タウン」は19世紀のクエーカー詩人にして奴隷廃止論者として知られるジョン・グリーンリーフ・ホイッティアの詩にヒントを得ている。また、ルイ･アームストロングやアイズレー･ブラザースに言及されている箇所もある。
最も強力な2曲は事実に基づいて書かれたもの。14分近くにも及ぶ「テンペスト」はコーラスなしの45節にわたってタイタニックの沈没を語る壮大な曲であり、メロディはアコーディオンやフィドルを使ってアイルランド音楽風になっている。時代考証は問題ではない。レオナルド･ディカプリオの名前が出てくるほうが、出てこないよりもフォークの伝統に誠実な感じがするのだから。一方、描写される光景は恐怖を感じさせる。凍てついた海に飛び込む乗客たち。「二重底の船体には／死体が既に浮かんでいる」の一節。残忍になる男たちがいる一方、障害のある子供に救命ボートの席を譲る男もいる。小さな勇気の行為も殆ど項を奏さず、金持ちも貧乏人も平等に絶望的な運命にある中、不沈と思われた巨大な船体が沈んでゆく。
アルバムを締めくくる曲「ロール･オン、ジョン」は、ディランと同様に名声の抑圧や神格化に苦しんだ男のために書かれたものである。レノンの暗殺とビートルズの歌詞に言及し「今日ニュースを聞いたよ、何ということだ」と歌う彼の声からは、生き残った者の罪悪感がひしひしと伝わってくる。これは一人の偉大なアーティストからもう一人の偉大なアーティストへの祈りであり、ディランが1960年代にデビューした仲間たちの中で事実上唯一の生き残りであることを再認識させる。そして彼の最終幕はまだまだ続く。これからも目が離せない。
伝説？とんでもない！Still Rolling
ロック最重要アーティスト、ボブ・ディラン71歳。デビュー50周年に解き放つ正真正銘全曲書き下ろしの通算35作目のオリジナル・ニュー・アルバム！
BOB DYLAN 『TEMPEST』
ボブ・ディラン 『テンペスト』
2012/09/26発売 【日本盤】解説：菅野ヘッケル 対訳：中川五郎
●【DELUXE VERSION】 SICP-3663 ￥2,800 初回生産限定盤
初回のみスペシャル・ブックレット付（マニア垂涎！世界各国の超レアな雑誌の表紙を集めた60ページにも渡るブックレット！）
