日本が産んだカルチャーに『暗黒舞踏』というものがある。その礎を築いたのが、土方巽と『大野一雄』だ。
わたしは演劇の師である金杉忠男が大野一雄と懇意にしてたこともあり、晩年の大野一雄の舞台を観に行ったり、その後に行われる楽屋での打ち上げに参加したり、金杉の舞台に来劇された時の打ち上げで何度か盃を一緒することがあった。
大野一雄の発する言葉自体が詩的であり甘美なものだった。
それは舞台でも表現されており、言葉はないがインプロヴィゼーションな舞踏、肉体の所作においても同様な感想を持っていた。
大野一雄の世界観はどれも叙情的で、観ている私には原風景を振り返るような感性を刺激した。
一番後悔しているのは、氏が行っていた『ワークショップ』に参加しよう参加しようと思いつつも後回しにして結局参加しなかったことだ。
そのワークショップに参加した知人から聞く話は、どれも甘美で魅力的だった。
それは、恐らく『大野一雄』という人間から醸し出されたモノだったのではないか。
氏は長寿で、100歳になっても車椅子に乗りながらも活動を続けた。
九州に戻ってから、文化的な事柄から遠ざかっていたが、最近、若かりし頃の自分がどの様な枝にとまっていたか俯瞰で見れるようになってきた。
そこには、本来の自分が真っ裸でいた。
恥ずかしくもあり、輝くしくもあり、そんな中で暗中模索していた自分だ。
そんな自分を俯瞰でみれるようになったいま、これからの活動の動力になる気がしている。
文化的というのはどこにいても自分の心の持ちようだと思うようになった。
そんな事を台風一過してジメジメとした書斎で考えながら聴いている一枚(二枚組だが)がこれだ。
ライムスターが活動休止する直前である2007年にリリースした初のベストアルバム『Made In Japan : The Best Of Rhymester』だ。
ベストアルバムのいいところは美味しいところだけを抽出し、濃厚な楽曲を楽しめるという事だ。
日本のヒップホップのいいところは(最近の一部のグループは別として)、「言葉遊び」を上手く使って、シリアスなテーマというより肩の力が抜けたコミカルな作品が多いことだ。
このベスト盤はクレイジー・ケン・バンドやスーパー・バター・ドック等とフューチャリングした楽曲が多めに収録されている。
ヒップホップの面白いところがこのようなコラボレーションができる自由度が高いという事がある。
先に書いた『大野一雄』が築いた暗黒舞踏もそうだが、日本のエンターテイメントの面白さは、アンダーグラウンドで繰り広げられた自由度の高さにある。
そこにはビジネスの概念より、自己満足を他者の目線で見て突き詰めているところにあるのではないだろうか。
なので、メインカルチャーになると真面目になってつまらなくなってしまう。
大人の事情でそうならざるを得ないのは理解できるが、『遊戯』は子供心という遊び心が大事なのであり、大人という堅苦しいルールは邪魔なのだ。
日本のカルチャーの醍醐味はサブカルチャーなのだ。
確かにそれだけだと食っていくのは大変なのだが、『出過ぎた釘は打たれない』という言葉にあるとおり、妥協せずに「真剣にくだらないことをする」というマインドを貫き通すと、一つの型が生まれてくるのだ。
一番つらいのは中途半端だ。
アイデンティティという軸を持ってやり抜くことが大事なのだ。
まさに『好きこそものの上手なり』だ。