> パリ五輪のボクシング女子に出場する選手が脚光を浴びている。イマネ・ケリフ(アルジェリア)は8月1日の66キロ級2回戦に、リン・ユーチン(台湾)は同2日の57キロ級2回戦に登場。ともに昨年世界選手権で性別適格性検査に不合格となり、出場権を剥奪された過去がある。しかし、五輪出場は認められ、X上の海外ファンは「信じられない」「レベルが違いすぎる」と反応している。
これ、開会式の「青い裸おじさん」な
もうさ、酷すぎて見てられなかったわ
こんな偏り過ぎのイデオロギー剥き出しの式典ってさ
ここまで来たら「普通」であることに罪悪感を感じさせようと誘導してるようにしか思えない⁈
(普通などない、という理屈が前提の世界観だと思うけど)
ジェンダー平等、ダイバーシティってわかるんだけど、さすがに、ちょっと「度を越えて」てませんか?
子供にみせられないだろ⁈
…と、僕は思っちゃったなぁ
キリスト教の侮蔑、王妃の断頭を想起させる演出も批判続出とも報道されてますが…
あのさ
平和とスポーツの祭典なのに、どこにフォーカスしとるんだ、と
まず、「健全なるスポーツの祭典」という大前提をわきに置くなよ、と
また、この演出監督は「ゲイ」をカミングアウトされてる方だとどっかで聞いたかな⁈
別にいいさ、性的趣向は自由であるべき
性的マイノリティのみなさまの権利を庇護する世界こそあるべき姿だとは思うけど…
ただ
「この場面、このタイミングで、この超なる極端を全世界に押し付ける意味ある⁈」
と思いますわ
「五輪」と「LGBTQ」って、そこまで結びつけなくちゃダメなんかな⁇
人種や言葉の壁を越えて、ただ、わかりやすい「夢」や「理想」や「音楽」や「文化」を分かち合う…って表現でよくないか⁇
んんん
ちょっと話はズレるけど、その延長線上の話にはなると思いますが…
今、日本もかなり左傾化してますが、LGBT理解増進法なる新法が昨年できて話題になりましたな
女性更衣室や女湯に「心は女性」の男性が入ってくる可能性高まるなんて言われてますが(もう顕在化しとるか)、そんでアメリカなんかでは女性専用スペースに入ってきたトランスジェンダーを管理者に通報したら、差別者だと訴えられた…とかなんとか記事にあったか⁇
いや、これ、さっきの「青い裸おじさん」じゃないけど、髭は生えてるけどスカート姿の「心は女性」…に女性専用スペースでいきなり出くわしたら、やっぱり一般女性はさぞかし恐怖を覚えちゃうだろうなぁ、と想像するけど、これは我慢するしかない…って話になるのは変じゃないか⁇
で、日本で成立したさっきの新法では…
まだ自我の構築ができてない子供たちに「性別なんてない、男も女もない、きみたちは性別を自分で決められる」と学校で教える…って方針だとかってなると、こりゃ、「国を挙げて倒錯」しようとしてるとしか僕には思えないんだけどなぁ
日本は自由の国、これは大切な価値観だし、自己責任が前提だけど、男性が女性に転換しても、逆も自由、さらに、男性が男性を愛したり、その逆だってもちろん自由、あぁ、どっちも好きだって自由だよ
自由でなくちゃいけない
ただ
未成熟な子供に「積極的に極端な自由」を植え付ける…ってのにはさすがに違和感がある
そういう趣向が自分の内に「あるかも」と、困惑している子供がいる…として、それは彼ら、あるいは彼女自身が大人になりながら「表現」あるいは「転換」、カミングアウトするか、しないかを決断して、その「生き方」を探究するべきであって、なにも、「まっさら」かもしれない子どもたちに「積極的に煽る」必要はないんじゃないかなぁ〜⁇
と僕は激しく感じる
マイノリティの権利を守れ‼︎
とは正しい
けど、ならば
マジョリティの権利は踏み躙ってもよいのか⁈
と、感じないわけではないよ
だって、なんでもかんでも「垣根」を取っ払うこと、イコール、「正しいこと」って風潮は間違ってる、と僕は思う
「秩序」なくして、「公平」も「平和」も「平等」も保てない…と思いますわ
犯罪は許されないのは当然ですが、基本的に全ての人間は自己責任の元に、なにを選ぼうと、なにをやろうと構わない…と僕は思う
それに、日本は、日本人は「性的マイノリティ」には寛容な文化を持ってる、と思う(もちろん差別が全くないとは言わないけど…)
マツコさんやお姉タレントたちの台頭を見れば一目瞭然、さらに、欧米みたいに古くは宗教が同性愛者を禁止、迫害、弾圧したみたいな歴史もないわけでしょ⁇
で、話は戻るけど…
こういう過激な啓蒙活動や、ルール無用の不条理な裁定は許容するのはやっぱりおかしい
「多様性」という美名を盾にされたら、「理不尽」を「理不尽」だと言えなくなる、とはこれ、「逆弾圧」とは言えまいか⁇
「多様性」とか「寛容性」とかもちろん大切だけど、やっぱり「時と場所」をよくよく考えなくちゃいかんのじゃないか…⁇
と思いますのよ
しかし
これで「トランスジェンダー」が女子ボクシングの金メダルを獲得しちゃったら「なにがなにやら」となりませんか…?
僕はこの記事を読んで感じたのは、やっぱり…
「カオス」
という一語ですわ
差別とかヘイトとか言われちゃうかもしれないけど、やっぱり…
「混沌」と「無秩序」
に違和感を覚えちゃうなぁ
恐ろしい…と思うかなぁ
そして
よりによって「ボクシング」だけは、ありえないだろ〜っ⁈
って、危機感を感じます
この、五輪女子ボクシングの枠に限らず、ちょっと世界的風潮、また、日本国もまたかなり極端過ぎてはいませんか〜⁇
と、思う今日この頃であります
(^_^;)
っていうことで
「安全」「公平」「秩序維持」
と
「イデオロギー」「ダイバーシティ」「無秩序」
の、どちらを優先すべきだと思いますか⁇
これってさ
僕が「保守的」って話とは別次元の話だと思うんだよなぁ〜⁇
※別の記事に、このお二人の「トランスジェンダー」は東京五輪にも出場していた…とあります メダル獲得には至らなかった模様 また、余談になりますが、「脱炭素」が極端過ぎて、選手村宿舎に「エアコンがない」、また、アスリートたちに提供する「肉がない」とか、『イデオロギー五輪の狂気暴走』『イデオロギー>アスリート』っていう本末転倒な状況…ってな報道も多数であります
東京五輪って、まだマシだったのかも知れないなぁ〜
(-。-;
御愛読感謝