「自分も意外とスピードを売り物にしているつもりなんですが、この点では桑原くんのほうが上なのかな」。阿久井は敵に塩を送る貫録を見せた。そのかわりに「プロでの経験とパンチ力は自分が上だと思います」。ボクシングを構成する要素、その合計点では負けていないと胸を張った。
この4月、地元・岡山県で予定していた試合が前日にキャンセルになったが、それもプラスに受け止めた。「すぐに試合を決めてもらったので、そのまま気持ちを持続できました」。コロナウイルス流行の影響で、なかなかできなかった出げいこも1年ぶりに実現。たっぷり2週間、東京、関西と有力ジムを回った。東京では三迫ジムでWBC世界ライトフライ級チャンピオンの寺地拳四朗(BMB)、関西では話題の新鋭、花田歩夢(神拳神戸)など強豪たちと手合わせした。「寺地選手は距離感を大切にする。桑原くんもある意味では同じです。対策は十分にできたと思います」。
かつて戦った中谷潤人(MT)はすでに世界王者。初回TKOで破っている矢吹正道(緑)も9月に世界挑戦が決まっている。「自分も早く追いつきたい」。それも明日の結果と内容次第と、最後まで阿久井の表情は余裕残しに見えた。
桑原は9戦目(8戦全勝4KO)でナショナル・タイトルへの初のアタックになる。3月、15ヵ月ぶりの試合では、大差判定勝ちにも自身の戦いぶりへの不信をぶちまけた。ブランクの影響、初のスーパーフライ級で戦ったのが、納得できない内容となった原因かもしれない。「減量はもちろん厳しいんですが、それがちょうどいいくらい。今回はずっと体が切れています。フライ級が自分のベストだと思います」。こちらも「豪華なスパーリング」を重ねてきた。元WBC世界バンタム級暫定王者の井上拓真(大橋)、矢吹とグローブを交えた経験が自信をさらに持ち上げてくれたという。「9戦目でチャンスを作ってくれた大橋(秀行)会長に応えたい」。勝利こそが、このスピードスターの本格開花を大きく促すに違いない。
阿久井が25歳、桑原は26歳と同世代。阿久井は15勝10KO(2敗1分)の強打に、昨年10月の初防衛戦では、相手の出方を見きわめてペースメイクの手法を選り分けるうまさを見せた。一方の桑原はスピーディーな動きに乗せて、波状攻撃を仕掛け続ける好戦派。好勝負間違いなし。勝敗を切り分ける大きなポイントは立ち上がり。それは両者とも承知している。「相手の出方次第。でも乗せてしまったらいけない」(阿久井)。「序盤KOが多い相手なので、とにかくパンチを食わないこと。そのなかで自分のフィーリングを確かめたい」(桑原)。ひかりTVで初めて本格放映されるこのカード、最初からから目を離せない。