2005 8 31 後楽園ホール
長い前座(4回戦9試合 6回戦1試合)が終わり、いよいよメインイベント。
日本フライ級4位高橋巧VS同級吉田健司。期待は高橋のKO復活に集中していたはずだ。僕は吉田選手を知らない。戦績を振り返る。
高橋 15戦13勝13KO1敗1分け 東京都出身 24歳 左ファイター
吉田 11戦7勝4KO4敗 鹿児島県出身 28歳 右ボクサーファイター
戦績を見る限り、高橋の勝ちは疑いようがなかった。前回の試合では無敗のホープ対決で現・同級1位の中広大吾と激突して初黒星を喫しての復帰第1戦となる。「白面のKO貴公子」のニックネームは作家・団鬼六が命名したもので、勝ち星のすべてがKOという記録的な戦績とは思えない、端正な顔立ちのホープなのだ。僕はテレビでしか見たことがなかったので、ぜひ本物の左カウンターを生で見たくて駆けつけたのだ。さらに、前試合では中広にメタクソに打たれてまくっての敗戦だったと読み知り、その復帰を応援したいと思い立った次第であった。…一見、このマッチメークは高橋が「勝つために」組まれた試合だと思われても仕方のない組み合わせなのだろう…。復帰を勝利できなければこの輝かしい記録と、顔に似つかない剛打という「スター性」を兼ね備えたボクサーは足踏みをしてしまう。そんな訳にはいかない。同級は今話題だらけだ。
日本王者の内藤大介がポンサクレックに挑戦、坂田健史がパーラに挑戦、亀田がOPBF獲得、中広がいて、大場浩平という負けなしランカーも話題だ。トラッシュ中沼も復帰を宣言、小松則幸も世界を狙っている…。
吉田は年齢にしては戦績が少ないし、タイ人をKOしても「なんだかんだ」言われるんだからって、選ばれた「かませ」に近い印象であった…が、それが印象に過ぎず、吉田は勝ちにこだわり通した「執念のファイト」で高橋をここまで追い詰めようとは、夢想だにしなかったのが本音だ。
ゴダイゴの「モンキーマジック」にのって吉田選手入場。続いて、映画「ロッキー」のテーマにのって高橋選手入場…。6分入りの後楽園ホールはざわめく。長い前座がやっと終わったから無理もない。
R1 距離を探る展開。ガツガツゴツゴツいきたい高橋、立ち上がりは吉田はやや距離を置いてジャブからコンビネーションを繰り出す。詰める高橋は背を丸めて左右のフックを放つも有効打はあまり見られない。逆に吉田のジャブが高橋のガードを固めたグローブの隙間から滑り込んでゆく。高橋ってそう言えば、打たれるんだよな…。でもガチャガチャした中から左カウンター1撃で今までもKOしてきたんだよな。大丈夫さ、このラウンドはくれてやるか…。 吉田10-9
R2 おや?接近戦が始まる。頭をつけてのショートの連打合戦。高橋の真骨頂が見られるか?…なんか変だ。高橋のショートが決まるどころか、吉田のショートの連打がクリーンヒットする。いやいや、これからだろ、タイミングが合えば吉田はコテンさ。しかし、クリンチもうまいな、吉田って…。吉田10-9
R3 4 5 相変わらずの接近戦。高橋は逃げない。顔に似合わず「頑固」なボクシングをする。徐々に「おかしな空気」に観客も気づき始める。…この額を合わせたガチャガチャって、吉田の距離ジャン…?高橋のブローは当たるには当たるが殺されているのか、いや、それ以上に手数の多い吉田のリズムで試合が推移しているためか、攻勢は吉田だ。「パァン!!」高橋の左が当たった。いい音だ!! 「効いてるぞぉ!!」観客の声が飛ぶも、老獪ともいえる吉田のクリンチからの接近戦に持ち込まれ、クリーンヒットが生まれても、勢いを殺され、展開は吉田主導だ…。高橋の1撃に対して、吉田の4撃から5撃の割合でクリーンヒットが生まれてゆく感じ。高橋も時折、細かいショート連打を見せるが、距離が「吉田の距離」のためなのか、決定的なチャンスは訪れない。逆に高橋十八番のカウンターを決められる。なんだ?吉田って強い。さらにこの手数はかなり有効だ。休まない。下がらない。高橋の連打に「危険」を察知するとすぐにクリンチ…。これが「絶妙」であった。高橋は勢いも、自分のボクシングも「封殺」された感がある。一進一退が続くも、なんとなく吉田の好印象だ。しかし、高橋の頑固な連打から、ちょっと下がっての中間距離の左は見事だった。しかし、全体としては互角か…。10-10
R6 7 もう吉田のリズムで試合は進む。目の覚めるような高橋の「カウンター」が決まらない限り、流れは変わりそうもない。しかし、相変わらず吉田は接近戦を望み、高橋も分の悪い「封殺される距離」で頭をつけて勝負し続ける。離れろ!!僕は思わず叫んだ。中間距離のほうがパンチの威力も倍増するし、その方が高橋のクリーンヒットも生まれていたからだ。しかし、高橋は『頑固』だった。真っ向から立ち向かってゆく。追い足以外、足は使わない。下がらない。ひたすらにガチャガチャ打ち続け、逆にショートのアッパー、連打を食らってゆく。高橋の左ボディーアッパーが炸裂するも、突破口にはならない。効いていないのか?そんなはずはない…、が、このあたりから、吉田の『勝ち』にこだわる『熱い執念』が燃え上がってゆく。そう、気持ちが強い。高橋も負けてはいないが、「柔軟性」が明暗を分ける展開になってゆく…。クリンチを多用する吉田に対して、真っ向から打ち続ける高橋。距離を奪われ、リズムを狂わされ、強打を殺され、打たれまくって行く高橋は、それでも退かない。…おかしい!?なんでなんだ、ダメだってわかってるのに作戦を変えないのはなぜだ?そんな時、少女の声が聞こえた。「離れてー!!」そうなんだ。小学生の女の子の声もそう言っているのだ。距離を作り直せ…と。吉田もしつこい。駄目押しに余念がない。接近戦で手数とクリーンヒットを稼ぐ。やばいと思ったら抱き込む。離れたと思ったらまた額を合わせる。高橋は手玉に取られた格好になってゆく。さすがに打たれ過ぎたか…?このままではダウンシーンも有り得る…って予感。しかし、吉田の手数と距離感は秀逸であった。吉田10-9
R8 もうポイントでは勝てない。高橋本人もわかっていたろう。連打を打ちながら攻勢をかける。さすがの吉田も多少疲労もあって受身に回る。…が、ここが吉田の凄かったところだ。…コンパクトで早いラッシュを両手で押し返すと逆に猛攻を仕掛け、再び「高橋殺し」の接近戦シフトを敷いてしまうのだ。さらに気持ちで打ち負けない。打たれたら打ち返す。ここも強いところだった。驚いた。高橋が「直線的過ぎる」ことがこの劣勢の『要因』かと思いきや、『吉田の勝ちへの執念』がそれ以上に爆発していたような気がした。しかし、このラウンドは追い足とショートの連打、さらにクリーンヒットも生まれた高橋のラウンド…としたが、心のどこかで互角…?高橋10-9
R9 前のR で勢いを吹き返した高橋に期待がかかるも、距離をちじめる吉田の巧さが際立ってゆく。高橋は打たれすぎだった。そんな傾向はあった。しかし、それでも連打をまとめてくるところは尋常ではない。スタミナとタフネスさは抜群だ。しかし、巧いのは圧倒的に吉田であった。打たれても打たれても高橋は逃げない。自ら相手を抱くことは、クリンチすることはない。あああ、もっと「狡猾」でいいのに…。しかし、頑固な高橋は曲げない。退かない。そして、被弾してゆく…。ここまでかたくななボクサーってあんまりいない。勝ちたいんだったら退がってもいいし、抱きついたっていい。…しかし、高橋はそんなことはしないのだ。「美しい」気もする。「曲げない気持ちいい」ような気もする。そういう戦い方しかできないんだ…ってのもわかるような気がする。それでいいような気がして、僕は「離れろ!!」とも、「ブッタ押せ!!」とも言わなくなってしまった。そういうのって、「ドラマ的」には最高。でも、絶対に負けるな…。吉田10-9
R10 このリングが映画の中のリングだったら、高橋の左クロスが炸裂したのかもしれない。…しかし、これは現実のリングで、例え『狡猾』と評されようとも、『相撲』と評されようとも、明らかにポイントを奪ったのは吉田であった。ノーランカーの、4敗も喫してきた28歳のボクサーは「高橋巧」というブランドと「日本ランク」を喰らった。それは『執念の勝利』であった。高橋は譲れないものを守るために、『カタクナニ』負けた…。
吉田10-9
HIGEGE91の採点結果。95-99で吉田の勝ち。
公式の採点。97-95、97-95 98-95 の3-0で勝者は吉田健司であった。
先日のフェザー級の金井晶聡といい、「番狂わせ」でホープが負けてゆく…。しかし、小林生人も強かったし、今夜の吉田健司も強かった。金井も高橋も決して油断があったわけでも、甘く見ていたわけでもない。相手のほうが巧かった。だから負けたのだ。なにか似通った結末の、寂しい観戦となった。
しかし、こういう戦い方しかできない…っていう『頑な(かたくな)』さが、後味が悪いものの、ほろ苦く、認めないわけにもいかない不思議な『復帰戦』であった。
つづく