残念ながら、僕は彼、前日本スーパーフライ級 王者、「故・田中聖二」さんの試合は見たことがない。雑誌等で知った限りでは、そのタイトルを手にするまで相当の苦労と努力があったように読み取れる。
通産戦績 26戦16勝(4KO)7敗3分 …とある。
念願の日本タイトル奪取後の、初防衛で悲劇は起こった。2005年4月3日であった。挑戦者「名城信男」の猛攻に遭いKO負け、その後控え室で嘔吐、救急病院に搬送、「急性硬膜下血腫」の診断、その後、容態悪化、開頭手術を受けるも、4月15日、そのまま帰らぬ人となったそうである。
僕は知らない。彼がどんなボクサーだったのか…。ただ、この1枚の写真でこちらを見つめる彼は、実に堂々とした、いい顔をしている。厚い瞼と大きな鼻が、彼のこれまでの戦いを物語っている。とても、優しそうだ。同門にはあの安定王者だった「徳山」もいる。同じ階級だ。二人はきっと兄弟のような関係だったに違いない。結婚したばかりだったそうだ。新居を構えたばかりであったそうだ…
…記事だけでは全然わからない。わからないが、説得力のある素晴らしい表情なのでココに記させて貰った。28歳の生涯と言ってしまうと短くて、残酷なように聞こえる。しかし、彼にとって「自分自信」がどのような
存在であったのか、考えてみる。
…7敗。この数字について考える。自問自答と、苦渋の日々が多かったに違いない。結果の伴わない状況は人間を追い詰めるし、奈落へと突き落とそうとする…。
しかし、彼は、「田中聖二」は結果を残した。
第29代日本スーパーフライ級チャンピオン
WBA世界6位 WBC世界10位 …この肩書きは彼と、彼の周囲の人々が作った素晴らしい結果の証である。ここに哀悼の心を込めて、お疲れ様、さらにがんばってください、と言いたい。がんばると言うのは、奥さんや、ご家族の方や、周囲の方の心の中で生きていかれるのであろうし、そんな方々をいつだって勇気づけながら、そのそれぞれの心の中で戦い、微笑み、助けていかなければならいと思うからです。
そして、ここで気になるもう一人の人物がいる。この悲劇の当事者である、新チャンピオンの名城信男選手だ。この事態は事故であり、お互いに最悪このようなケースを了承の上、リングに上がっているわけだが、その罪の意識は拭いきれないに違いない。
しかし、時は巻き戻せず、どんなに後悔してもやり直せるはずもない。
最近の記事で、名城選手が自粛していた練習を再開した、と聞いた。
彼の試合も僕は見たことがない。…が、雑誌等の表彰式の記事で顔だけ見たことがあったし、たしか、あの世界ランカー(…数年前、無敵と評されたアレクサンドル・ムニョスとの世界戦に挑み、神技的ディフェンスを披露した)本田英伸を破ったのはまだ無名の彼であった。個人的には本田のファンであったため、何事かと思った。あの本田がノーランカーのボクサーに負けるはずが無い…と。テレビ録画の無いような興行だった。ただ、ネットで聞き知って愕然とした…。しかし、今、こうして世界を狙うボクサーとしてはもっとも活きのいい存在である。
名城選手には、自責の念に決して押し潰されることなくがんばって欲しい。この8月にあの川島勝重と徳山昌守が3度目の正直タイトルマッチが催される。その勝者への挑戦の可能性が高い。不思議な因果である。
…徳山選手は、トランクスに「聖二」の名を縫いこんで出場するという…。
がんばれ、とにかくみんな頑張ってください。
つづく